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『野良猫に原チャリを占拠されちゃった』
七
初めて彼がやってきた晩は、時間も時間だしと言う事で、もう寝ましょうかと言うと、え、これからがparty timeだろ、などと言い出し、ああそうか、猫とは夜行性であったのか、と思い当たり、いやそれでは俺が明日困るのでと返せば、なんだよ、人間てつまんねぇな、と勝手な事を言われた。
じゃあ、俺あそこ、とこの家で一等地と思われるパイプベッドを指差し、ばふんと飛び乗り、ぎしぎし言わせ、あ、これあの赤い乗り物より気持ちいいぞ、と目を輝かせた彼を見て、それではそこはお譲りします、と言い、幸村は床に座布団枕で、タオルケットを被って寝たのだ。
朝になり目覚めれば、丸く縮こまり、原チャリの上で眠っている姿をそのまま写し出したような寝姿で、彼は寝ていた。
――人の形のまま。
はぁ、やはりこれは夢ではなく現実なのか、と思い、いよいよこれは俺がしっかりせねば、と幸村は頬をぱんぱんと叩き、気合を入れたのだ。
いつも通り忙しなく朝の通学の準備をしていれば、物音に目覚めた彼が、くあ、と大きな欠伸をしてううーんと伸び上がって、幸村を見る。
Morning.と言われ、あ、おはようございます、と返せば、アンタ何してるんだ、と言われ、俺はこれから学校なので、と言うと、がっこう? と不思議な顔をされる。
そのきょとんとした様が可愛らしくて思わず頬が緩む。
これから生きていくために必要な事を学ぶのですよ、と若干の不安もあったが、説明すれば、ふぅん、と一つ返事をしただけで、再びベッドに潜りタオルケットををぐちゃぐちゃにしだす。
何か気に障ったのかと思えば、生きるのって大変だよな……。と、くぐもった声が聞こえた。
ああ、そうだ、彼はこんなに歳若くして、生き抜く、と言う事を身をもって、実践して経験して、知っているのだ。過酷な環境の中で。
猫殿、とタオルケットの上から隠れ切れていない背中を撫でれば、んんん、と声が聞こえて、アンタも大変だな、と言われた。
俺のどこが大変だというのだろう。彼の生き抜いてきた過酷さに比べれば、俺などまだまだなのだ。
今日は、早く終わる日なので、すぐ戻って参りますゆえ、猫殿はゆっくり寝ていて下され、と言い置いて玄関に向かうと、ぴゅっとベッドから飛び降りてきて、彼は、どこ行くんだよ、出て行くのか、と聞いてくる。
学校なので、出かけると言えば、帰ってくるのかと聞かれ、勿論と答えれば、I see. と返事が来る。
学校なので、と言っただけでは自分が一度家を出る、と言う意味では伝わらなかったのか、と思い、もっともっと話す工夫をしないと、と幸村は思いなおす。
猫殿と意思を交わすには、自分が、向き合うしかないのだ。
鍵が一つしかなく、このままでは不安でもあったので、閉じ込めるようで嫌だったが、幸村は外側から鍵をかけて行くので、今日は部屋の中にいて下され、と言えば、Alright. とひらりと手を振られた。
玄関先で靴を履く幸村をじっと見つめてくる美しい一つ目に、幸村は恥ずかしくて、妙な気持ちになり、いつもより随分と靴紐を結ぶのに時間がかかってしまった。
漸く靴を履き終わると、玄関先にタオルケットを引き摺ったまま突っ立っている彼に、いって参ります、と挨拶して、背中を撫でる。
彼は不思議そうな顔でそれを見ていたが、背中を撫でられた気持ちよさに、きゅ、と目を細めてんんん、と喉を鳴らすような声を出した。
ばたんとドアが閉まり、ガチャン、と鍵がかかる。彼はそのままそこで丸くなる。
帰宅した幸村が驚いて、嬉しくて、思わず抱き締め、驚いた彼が幸村の顔に爪を立てるまで、そこで丸くなっていたのだ。
しかし、その前に彼は幸村の心に漣を立たせていた。
無自覚に、無意識に。
幸村は感じていた。
なんと、猫の時の可愛らしい声も好きだったが、人の形での猫殿の声は、掠れ気味の低音が、酷く、俺を動揺させる、と一人、通学する途中で顔を赤らめる幸村なのだった――。
七
初めて彼がやってきた晩は、時間も時間だしと言う事で、もう寝ましょうかと言うと、え、これからがparty timeだろ、などと言い出し、ああそうか、猫とは夜行性であったのか、と思い当たり、いやそれでは俺が明日困るのでと返せば、なんだよ、人間てつまんねぇな、と勝手な事を言われた。
じゃあ、俺あそこ、とこの家で一等地と思われるパイプベッドを指差し、ばふんと飛び乗り、ぎしぎし言わせ、あ、これあの赤い乗り物より気持ちいいぞ、と目を輝かせた彼を見て、それではそこはお譲りします、と言い、幸村は床に座布団枕で、タオルケットを被って寝たのだ。
朝になり目覚めれば、丸く縮こまり、原チャリの上で眠っている姿をそのまま写し出したような寝姿で、彼は寝ていた。
――人の形のまま。
はぁ、やはりこれは夢ではなく現実なのか、と思い、いよいよこれは俺がしっかりせねば、と幸村は頬をぱんぱんと叩き、気合を入れたのだ。
いつも通り忙しなく朝の通学の準備をしていれば、物音に目覚めた彼が、くあ、と大きな欠伸をしてううーんと伸び上がって、幸村を見る。
Morning.と言われ、あ、おはようございます、と返せば、アンタ何してるんだ、と言われ、俺はこれから学校なので、と言うと、がっこう? と不思議な顔をされる。
そのきょとんとした様が可愛らしくて思わず頬が緩む。
これから生きていくために必要な事を学ぶのですよ、と若干の不安もあったが、説明すれば、ふぅん、と一つ返事をしただけで、再びベッドに潜りタオルケットををぐちゃぐちゃにしだす。
何か気に障ったのかと思えば、生きるのって大変だよな……。と、くぐもった声が聞こえた。
ああ、そうだ、彼はこんなに歳若くして、生き抜く、と言う事を身をもって、実践して経験して、知っているのだ。過酷な環境の中で。
猫殿、とタオルケットの上から隠れ切れていない背中を撫でれば、んんん、と声が聞こえて、アンタも大変だな、と言われた。
俺のどこが大変だというのだろう。彼の生き抜いてきた過酷さに比べれば、俺などまだまだなのだ。
今日は、早く終わる日なので、すぐ戻って参りますゆえ、猫殿はゆっくり寝ていて下され、と言い置いて玄関に向かうと、ぴゅっとベッドから飛び降りてきて、彼は、どこ行くんだよ、出て行くのか、と聞いてくる。
学校なので、出かけると言えば、帰ってくるのかと聞かれ、勿論と答えれば、I see. と返事が来る。
学校なので、と言っただけでは自分が一度家を出る、と言う意味では伝わらなかったのか、と思い、もっともっと話す工夫をしないと、と幸村は思いなおす。
猫殿と意思を交わすには、自分が、向き合うしかないのだ。
鍵が一つしかなく、このままでは不安でもあったので、閉じ込めるようで嫌だったが、幸村は外側から鍵をかけて行くので、今日は部屋の中にいて下され、と言えば、Alright. とひらりと手を振られた。
玄関先で靴を履く幸村をじっと見つめてくる美しい一つ目に、幸村は恥ずかしくて、妙な気持ちになり、いつもより随分と靴紐を結ぶのに時間がかかってしまった。
漸く靴を履き終わると、玄関先にタオルケットを引き摺ったまま突っ立っている彼に、いって参ります、と挨拶して、背中を撫でる。
彼は不思議そうな顔でそれを見ていたが、背中を撫でられた気持ちよさに、きゅ、と目を細めてんんん、と喉を鳴らすような声を出した。
ばたんとドアが閉まり、ガチャン、と鍵がかかる。彼はそのままそこで丸くなる。
帰宅した幸村が驚いて、嬉しくて、思わず抱き締め、驚いた彼が幸村の顔に爪を立てるまで、そこで丸くなっていたのだ。
しかし、その前に彼は幸村の心に漣を立たせていた。
無自覚に、無意識に。
幸村は感じていた。
なんと、猫の時の可愛らしい声も好きだったが、人の形での猫殿の声は、掠れ気味の低音が、酷く、俺を動揺させる、と一人、通学する途中で顔を赤らめる幸村なのだった――。
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