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『野良猫に原チャリを占拠されちゃった』





 よくよく話を聞けば、彼は幸村の原チャリを占拠している猫殿本人(猫?)であって、外国から連れてこられた(多分輸入された? という意味)時に、店の人間の不注意で目に怪我を負い、治療はしてもらったものの、ペットショップで売れるわけはなく、子猫のうちに、たらい回しにされ、結局野良猫として生きてきた、と言うことで、自分の名前はないし、歳も知らないし、住処などもなく、日々当てもなくふらふらと過ごしている上に、喧嘩上等なので、この辺の猫には相手にされないのだと言う(子分は沢山いると、自慢された)。
だから、人間の言葉は少しは分かるけれど、人間のする事は分からない、と言う事だった。
 道理で、と思うものの、では何故彼は人の形になっているのか、と言う最大の疑問にぶち当たる。
 神様に、お願いしたんだ。
 まさに、夢のような事を言うではないか。
 神様に、お願い……?
 幸村は間抜けにも鸚鵡返しに聞き返した。
 that's right! と笑顔で答えた彼は、猫にも神様ぐらいいるんだぜ、と言い、毎日寝心地のいい場所をくれる赤い乗り物の持ち主で、毎日ご飯をくれて、毎日優しくしてくれる幸村に、人間の言葉でお礼が言いたい、と常々思っていて、猫の神様にお願いし続けていたのだと言う。 
 そうしたら、今日は雨が降っていたので雨宿りするのに使っていたすぐ側にある空き地の土管の中で目が覚めて、いつもより窮屈で、一生懸命出てきたら、こんな姿だった。だから、急いで、アンタに会いに来たんだ。と締め括った。
 目の前には空になった猫缶があり、俄に嘘とは言い難く、信じたくないような信じられるような、摩訶不思議な話を聞いて、幸村は最後の白飯をごくん、と飲み込んだ。
 幸村がごくん、と喉を鳴らしたすぐあとに、thank you. と青年は言うと、これ、またくれるだろ? と言って、猫缶を持ち上げて見せる。
 礼を言う前におなかがすいてしまい、猫缶を強請ったことを彼は恥ずかしそうにしていたが、それがなければ、もっと気付くのが遅かっただろう、とも思ったので、気にしないで下され、と幸村は言い、ええ勿論と笑顔で応えた。
 それを聞いて、そうかと彼は答えると、じゃあな、と言って部屋を出て行こうとするので、慌てて幸村はひき止める。
 まさか、人間の姿かたちで、今まで通りの野良猫の暮らしをするのでは、と聞いてみれば、yes! と気持ちのいい返事が聞こえてきて、再び幸村は眩暈を覚える。
 それは、この社会では、出来ないことなのだ、と言えば、しゃかいってなんだ、とか、なんでできないんだ、とか、幼稚園児のような質問をしてきて、幸村は説明するのに普段あまり使わない脳みそをフル回転させる羽目になった。
 ですから、そのまま人の形では、今まで通り猫と同じようには暮らせないのですよ、と何度も言い聞かせ、じゃあ、俺はどうすればいいんだ、もうアンタに礼は言ったし、人間の姿じゃなくてもいいんだ、と言い募る。
 無計画だとは思ったが、彼は自分に礼がしたいと、唯その一念だけで、神様とやらに祈り続け、人の形を獲得し、こうして彼なりに礼を尽くしにきたのだ。そのいじらしさに、幸村は何やら感慨深さを覚え、何と可愛い事を、とも思ったが、しかし彼は、そのあとの事は全く考えておらず、彼自身、まさか猫の姿に戻れなくなるとも思っていなかったようで、再び一人と一匹は途方に暮れる。

 暫く沈黙が落ちて、猫ゆえなのか、飽きっぽくじっとしていられないのか、彼が幸村の背中に垂れる毛にじゃれていた頃、幸村は決めた。
 では、暫くうちで過ごされますか。
 もう、これしか選択肢はないのだ。
 幸村は諦めたようにその最後の選択肢を選んだ。
 彼はきょとんとして、幸村を見遣り、首を傾げて見せたので、幸村は、俺の家で、ここで、暮らしませんか、ともう少し分かりやすく伝えた。
 そうすると彼は途端に嫌そうな顔になり、俺は、野良猫なんだ、と言い、人間は本当は嫌いなんだ、と言い始める。
 さもありなん、こんなに酷い目に遭ってきたのだ。記憶も不確かな子猫の時分から。
 幸村はその過去を不憫に思ったが、だからといって、この姿のままこの人を外に出すわけにはいかないのだ。
 形は人でも、中身は猫なのだ。しかも生粋の野良猫。傷つき、人に慣れず、子猫の純粋さを持ったままに大きくなってしまっただけの、かわいそうで、美しい、唯の一匹の生き物なのだ。


 幸村は、猫殿、と声をかけると、猫殿は、俺には心を開いて下さった。俺も、猫殿の事を大切に思っておる。だからな? と一呼吸入れ、ここで、猫の姿に戻るまで、一緒に暮らさないか、と告げたのだ。
 猫の姿に戻ったら、元の生活に戻ればよい、と付け足して。
 猫の姿の時に、よくそうしていたように、幸村は彼の背中を撫でて、ぽんぽんと叩くと、彼は少し気持ちよさそうな顔をして、じゃあ、いてやるから、毎日パカンてするのよこせよ、と恥ずかしそうにはにかんだ。

 その笑顔が、幸村に柔らかい気持ちを募らせていく事など気付きもせずに――。


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