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『野良猫に原チャリを占拠されちゃった』





 今日は雨か、と幸村は目覚めてカーテン越しに薄く差し込む光の具合と、さぁさぁ、と鳴る雨の音に思った。
 猫殿は、とまず一番に思い浮かんで苦笑する。
 俺の猫でもないのに、と。
 あの猫は野良猫なのだ。野良ならば野良なりに、雨の日は過ごす場所があるだろう。野性の中で生きるのならば、それぐらいの知恵と強かさを持っているはずだ。
 それでも、日々、くるくると変わる、まさに猫の目のような、あの猫の鳴き声や、仕草や、時折、本当に極まれなのだが、幸村を見つけて、自分から擦り寄ってきてくれる事などを思い出すと、気になってしまうのだ。
 猫殿は、濡れてなどおらぬか、寒い思いはしていないか、空腹ではござらんか、と。
 安いパイプベッドの中で逡巡した幸村だったが、今日は一限から授業があるのだ、と思い出し、慌てて顔を洗い、ざざ、と手櫛で頭を梳かすと、一房、伸ばしている毛をくるくる、と結わえた。
 時間もないし、かといって空腹には耐えられぬ、と食パンを焼きもせずかじり、牛乳で流し込む。
 がしがしと歯を磨いて着替え、財布と携帯と鍵を通学用のカバンに突っ込み、履き古したスニーカーに足を通して玄関を出た。
 つい、と思わずアパートの軒下にある自分の原チャリに目を向けたが、それは何も乗っておらず、降りしきる雨にしとどに濡れているだけだった。
 やはり、猫殿はどこかで雨宿りしておられるのか、と思い、自分の傘をさし、ばしゃばしゃと、大学へ向かった。

 はぁ、今日は長い一日でござった。
 大学帰りに師範代のバイトもしてきた幸村が、ぐぅぐぅ鳴る腹を抱えて戻ってみれば、未だ原チャリはそこに濡れているだけで、黒い猫の姿は見当たらず。
 今日の分の缶詰、置いておけば来るだろうか、と考えて、幸村は玄関の鍵を開けた。
 濡れて気持ち悪いジーパンを脱ぎ、部屋着にしているジャージ生地のバミューダに履き替え、とりあえず、と手を洗い冷蔵庫を覗きこむも、がっくりと肩を落とし、猫殿の缶詰はあるのに、俺の食べるものがない、と途方に暮れるのだ。
 その時だった。
 どんどん、と部屋をノックする音が聞こえる。
 普通なら、コンコン、程度なのだろうが、それはまさに、どんどん、と表現するのが適切で、幸村は誰か怒鳴り込みにでもきたのだろうか、と不安に駆られた。
 あまりにも力任せな叩き方に、些か驚いたものの、訪れるものなど殆どいない幸村は不思議に思い、玄関に近寄る。
 大家さんが家賃の催促か? しかし、家賃はきちんと払っておるし、そもそも口座から引き落としだしな、と考えて首を捻る。自分がいくら腹が減ろうが、幸村は電気ガス水道、携帯など、そういうものはきっちりと支払っていたし、師匠であり敬愛すべき養父でもある人物の言いつけを守り抜いているのだ。
 他人に迷惑をかけてはならぬ、と。
 はい、どなたでござろうか、と声をかけながら玄関を開けてみると、そこには――。


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