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『野良猫に原チャリを占拠されちゃった』
二
猫殿、と声をかけて缶詰を置く。
ここ最近すっかりこれが習慣になってしまっていた。
相変わらず黒い野良猫は幸村の原チャリのシートがお気に入りで、天気のよい、と言うか、雨が降っていなければ大抵、の日は、原チャリを占拠しているのだ。
幸村は居合い道の師範代などやっている学生で、普段は滅多に原チャリを使わない。足腰の鍛錬のため、と称しているが、さほど稼ぎもない上に、大学に近いから、とこの場所にアパートを借りたのだ。
だから、ガソリン代だって節約したいのだ。
切実に。
原チャリに食わせるぐらいならば、自分が食いたいのだ。原チャリのガソリンより、自分のガソリン。ガス欠では動くこともできぬ、と言う訳だ。
それでも、この黒い野良猫には、毎日欠かさず缶詰を持ってきては、猫殿、と声をかけるのだ。
時には自分は一つ百二十円のカップラーメンをすすりながら。猫の餌の缶詰とは、人間が食べる缶詰と値段がさほど変わらないのか、と初めてペットフードコーナーを見た幸村は愕然としたものだ。下手をしたら一個四百円も五百円もするようなのが置いてあり、俺の三食分にはなるぞ、と目を白黒させた。
大事に食べて下されよ、と猫特有の外に散らかしてしまう食べ方を見ながら、幸村は黒い猫の背中を撫でた。
そうなのだ。
最初の頃こそ警戒して近づいてもくれず、原チャリの側に猫缶を置いては、自分の部屋に戻り、暫く時間が経って、猫がくんくん、と鼻を寄せて、食べ始める様を観察していたぐらいだったのだ。
あれから、かなりの長期戦になった。
猫缶を持って近寄っては、ちょいちょいと、手招いてみたり、食べているところにそっと近寄ってみたり、色々試したがなかなか慣れてくれず、食べている最中でも近寄ろうものなら、ふーと唸り、毛を逆立て、攻撃しようとしてくる始末で。
多少引っかかれてもいいか、と思いそれでも幸村がそばに寄れば、食べかけの缶詰を置いて走っていってしまうのだ。
そんな事を一月ばかり繰り返し、やっと、最近になって、幸村が恐ろしい存在ではないと理解したのか、幸村が目の前で缶詰を開けるのを待つぐらいに、慣れてくれたのだ。
今では食べている最中にだって体を撫でさせてくれるし、猫殿、と声をかければ、存外可愛らしい声でにゃぁん、と返事さえしてくれるようになった。
ただ、頭だけはなかなか撫でさせてくれず、幸村は、右目の傷が近いからなのかな、と思っていた。
傷自体は大分時間が経っているのか、痛そうな素振りも見せないし、気にしている様子もないのだが、きっと、傷を負ったときの記憶が、離れないのだろうな、とついつい、その右目を気遣わしげに眺めてしまう幸村だった。
二
猫殿、と声をかけて缶詰を置く。
ここ最近すっかりこれが習慣になってしまっていた。
相変わらず黒い野良猫は幸村の原チャリのシートがお気に入りで、天気のよい、と言うか、雨が降っていなければ大抵、の日は、原チャリを占拠しているのだ。
幸村は居合い道の師範代などやっている学生で、普段は滅多に原チャリを使わない。足腰の鍛錬のため、と称しているが、さほど稼ぎもない上に、大学に近いから、とこの場所にアパートを借りたのだ。
だから、ガソリン代だって節約したいのだ。
切実に。
原チャリに食わせるぐらいならば、自分が食いたいのだ。原チャリのガソリンより、自分のガソリン。ガス欠では動くこともできぬ、と言う訳だ。
それでも、この黒い野良猫には、毎日欠かさず缶詰を持ってきては、猫殿、と声をかけるのだ。
時には自分は一つ百二十円のカップラーメンをすすりながら。猫の餌の缶詰とは、人間が食べる缶詰と値段がさほど変わらないのか、と初めてペットフードコーナーを見た幸村は愕然としたものだ。下手をしたら一個四百円も五百円もするようなのが置いてあり、俺の三食分にはなるぞ、と目を白黒させた。
大事に食べて下されよ、と猫特有の外に散らかしてしまう食べ方を見ながら、幸村は黒い猫の背中を撫でた。
そうなのだ。
最初の頃こそ警戒して近づいてもくれず、原チャリの側に猫缶を置いては、自分の部屋に戻り、暫く時間が経って、猫がくんくん、と鼻を寄せて、食べ始める様を観察していたぐらいだったのだ。
あれから、かなりの長期戦になった。
猫缶を持って近寄っては、ちょいちょいと、手招いてみたり、食べているところにそっと近寄ってみたり、色々試したがなかなか慣れてくれず、食べている最中でも近寄ろうものなら、ふーと唸り、毛を逆立て、攻撃しようとしてくる始末で。
多少引っかかれてもいいか、と思いそれでも幸村がそばに寄れば、食べかけの缶詰を置いて走っていってしまうのだ。
そんな事を一月ばかり繰り返し、やっと、最近になって、幸村が恐ろしい存在ではないと理解したのか、幸村が目の前で缶詰を開けるのを待つぐらいに、慣れてくれたのだ。
今では食べている最中にだって体を撫でさせてくれるし、猫殿、と声をかければ、存外可愛らしい声でにゃぁん、と返事さえしてくれるようになった。
ただ、頭だけはなかなか撫でさせてくれず、幸村は、右目の傷が近いからなのかな、と思っていた。
傷自体は大分時間が経っているのか、痛そうな素振りも見せないし、気にしている様子もないのだが、きっと、傷を負ったときの記憶が、離れないのだろうな、とついつい、その右目を気遣わしげに眺めてしまう幸村だった。
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