20
拍手過去ログ
『野良猫に原チャリを占拠されちゃった』
二十
だから、アンタのにおいは、すきなんだ、と言って、タオルケットに再びすりすりとして見せたかと思うと、今度は幸村に、すりっと寄ってくる。
そうか、だから、あの日、人の姿で初めて出会った日、あんなに濡れそぼり、どろどろになってきたのか、そして、俺に、擦り寄ってきたのは……。
俺は、彼のものとして、匂いをつけられていたのか。そう思うと、幸村の胸に甘く震える感動が去来する。
ああ、俺は、俺は、この人から、望まれていたのだ、と。
だから、ちゃんと、俺のものだって思って、アンタにすりすりってしただろ、それに、thank you.も言ったしな。
そう言って笑う彼は、初めて見た日と同じく見目麗しく、可憐で、とても穏やかな顔をしていた。
だから、もう、猫に戻って暮らすのも、いいんだけど、それでも、アンタはちゃんと俺のものでいてくれるか? と政宗は聞いてきた。
そうだ。
彼はこれから猫に戻ってしまうのだ。
きっと、多分、いや、必ず。
この話をする前に、彼は言ったのだ。
にゃんだか、俺、言葉もおかしくなってきちゃったし、ちゃんと、しゃべれるうちに、言っとくな、と。
前置きして、この話をしてくれたのだ。
幸村は、彼が猫の姿であろうが、人の姿であろうが、政宗を愛しく思う気持ちにもう迷いはなく、政宗殿がどのようなお姿でも、俺は生涯あなたのものでござる、と政宗を抱き締めた。
びくり、と政宗は揺れたが、政宗自身、自分でも驚くのだが、幸村にとても懐いていたし、こんなにいい人間、他に知らない、と思っていたので、こいつならいいや、と思って、ぎゅ、とされるのを、許した。
そして、幸村は、触ってもよろしいか、と一言言うと、政宗の頭を撫でる。
政宗は、頭を触られてこんなに気持ちいいと思ったのは、生まれて初めてで、これはきっと、コイツだからなんだろうな、と思って、ぐるぐると喉が鳴るのを止めなかった。
ふふ、政宗殿、猫のようでござる、と幸村が笑う。
俺は猫なんだ、と政宗が口を尖らす。
そうして、二人に穏やかな空気が流れる。
俺は、何を、あんなに焦っていたのだ。
何を、焦れていたのだ。
もう、良いではないか。
たとえ政宗殿が猫の姿になったとしても、この、愛くるしく純真で、気侭で乱暴で、とても、心根の優しい方なのは、変わらないのだ。
いや寧ろ、猫の政宗殿の性格が、この仮の姿にあるのであって、俺が心惹かれたその愛しい部分は、すべて残るではないか。
思い至った幸村は、とても清々しい気持ちになっていた。
そうだ、誓ったではないか。
初めて政宗殿が熱を出した日。翌日に、彼に生えた耳を見ながら。
俺は、誓ったのだ。
今更覆す気もないし、きっと、覆る事などないだろう。
そう思いながら、暫く幸村は政宗の背中を撫で、頭を撫で、愛しげにその体温を手のひらで味わう。政宗は政宗で、そうされるのが気持ちいいいのだ、と全身で表し、ごろごろぐるぐると喉を鳴らし、一つ目をほっそりと細め、タオルケットを口に咥えてちゅ、ちゅ、ちゅ、と吸い上げている。
初めてその様子を見た幸村はびっくりしてしまう。
猫とは、こんな事をするのか、と。
猫がとても気分良くなると、まるで子猫のように、母猫の乳房に吸い付くような事を、気に入りのものでする事を、幸村は知らなかった。
初めて目の当たりにした、政宗のそのうっとりとした様は、愛らしく非常に可愛いのだが、姿が姿なので、何やら艶かしいものも感じてしまう。
ちょっと、それは、と幸村は慌てて政宗から離れ、政宗殿、と声をかければ、政宗は、悦に入っていたところを邪魔され中断させられて、むっとして、にゃんだよ、と返してくる。
むっとした顔も可愛いのをこの人は知っているのか、と思いながらも、幸村は申し訳なさそうな顔をしてみせる。
そして、先程は何を見せようとしていたのですか、と問えば、こてん、と首を傾げて見せた政宗が、ああ、そうだ、と思い出し、これだよこれ、と言って、再びズボンに手をかけようとするので、いやいや、口で言って下され、と幸村は懇願する羽目になる。
どのような姿であっても、政宗への愛情は変わらぬ自信はあるものの、やはり人の姿をしていれば、幸村にとっては離れがたく離しがたい情動に駆られるわけで。
せっかく、猫に戻る事を見送って差し上げられる、と心穏やかになったところなのに、と少し無邪気すぎる政宗を恨めしく思う。
見たくねぇのか? と何だか気に入りの玩具を貸してあげる気になっていたのに、それいらない、と言われた子供のような顔をして、政宗は口を開いた。
しっぽ。
しっぽ。
しっぽ?
しっぽとは、しっぽ、でございますな、と意味不明な返事をして、幸村は、何だアンタしっぽも知らないのか、と政宗に笑われる。
がんがんと音が鳴り響く頭で幸村は、そうか、彼は、今回、尻尾が生えてきたのか、と思う。
では、四度目の熱が引けば、次はひげか、それとも、鋭い爪か、それとも瞳が昼は長細くなるようになるのか。
それとも、それとも、それとも。
それとも――。
一気にあの、つやつやとした身軽な姿に変わってしまうのか。
やっぱり。
やっぱり、無理だ。
やっぱり、心中穏やかになど、彼を、見送れぬ――。
二十
だから、アンタのにおいは、すきなんだ、と言って、タオルケットに再びすりすりとして見せたかと思うと、今度は幸村に、すりっと寄ってくる。
そうか、だから、あの日、人の姿で初めて出会った日、あんなに濡れそぼり、どろどろになってきたのか、そして、俺に、擦り寄ってきたのは……。
俺は、彼のものとして、匂いをつけられていたのか。そう思うと、幸村の胸に甘く震える感動が去来する。
ああ、俺は、俺は、この人から、望まれていたのだ、と。
だから、ちゃんと、俺のものだって思って、アンタにすりすりってしただろ、それに、thank you.も言ったしな。
そう言って笑う彼は、初めて見た日と同じく見目麗しく、可憐で、とても穏やかな顔をしていた。
だから、もう、猫に戻って暮らすのも、いいんだけど、それでも、アンタはちゃんと俺のものでいてくれるか? と政宗は聞いてきた。
そうだ。
彼はこれから猫に戻ってしまうのだ。
きっと、多分、いや、必ず。
この話をする前に、彼は言ったのだ。
にゃんだか、俺、言葉もおかしくなってきちゃったし、ちゃんと、しゃべれるうちに、言っとくな、と。
前置きして、この話をしてくれたのだ。
幸村は、彼が猫の姿であろうが、人の姿であろうが、政宗を愛しく思う気持ちにもう迷いはなく、政宗殿がどのようなお姿でも、俺は生涯あなたのものでござる、と政宗を抱き締めた。
びくり、と政宗は揺れたが、政宗自身、自分でも驚くのだが、幸村にとても懐いていたし、こんなにいい人間、他に知らない、と思っていたので、こいつならいいや、と思って、ぎゅ、とされるのを、許した。
そして、幸村は、触ってもよろしいか、と一言言うと、政宗の頭を撫でる。
政宗は、頭を触られてこんなに気持ちいいと思ったのは、生まれて初めてで、これはきっと、コイツだからなんだろうな、と思って、ぐるぐると喉が鳴るのを止めなかった。
ふふ、政宗殿、猫のようでござる、と幸村が笑う。
俺は猫なんだ、と政宗が口を尖らす。
そうして、二人に穏やかな空気が流れる。
俺は、何を、あんなに焦っていたのだ。
何を、焦れていたのだ。
もう、良いではないか。
たとえ政宗殿が猫の姿になったとしても、この、愛くるしく純真で、気侭で乱暴で、とても、心根の優しい方なのは、変わらないのだ。
いや寧ろ、猫の政宗殿の性格が、この仮の姿にあるのであって、俺が心惹かれたその愛しい部分は、すべて残るではないか。
思い至った幸村は、とても清々しい気持ちになっていた。
そうだ、誓ったではないか。
初めて政宗殿が熱を出した日。翌日に、彼に生えた耳を見ながら。
俺は、誓ったのだ。
今更覆す気もないし、きっと、覆る事などないだろう。
そう思いながら、暫く幸村は政宗の背中を撫で、頭を撫で、愛しげにその体温を手のひらで味わう。政宗は政宗で、そうされるのが気持ちいいいのだ、と全身で表し、ごろごろぐるぐると喉を鳴らし、一つ目をほっそりと細め、タオルケットを口に咥えてちゅ、ちゅ、ちゅ、と吸い上げている。
初めてその様子を見た幸村はびっくりしてしまう。
猫とは、こんな事をするのか、と。
猫がとても気分良くなると、まるで子猫のように、母猫の乳房に吸い付くような事を、気に入りのものでする事を、幸村は知らなかった。
初めて目の当たりにした、政宗のそのうっとりとした様は、愛らしく非常に可愛いのだが、姿が姿なので、何やら艶かしいものも感じてしまう。
ちょっと、それは、と幸村は慌てて政宗から離れ、政宗殿、と声をかければ、政宗は、悦に入っていたところを邪魔され中断させられて、むっとして、にゃんだよ、と返してくる。
むっとした顔も可愛いのをこの人は知っているのか、と思いながらも、幸村は申し訳なさそうな顔をしてみせる。
そして、先程は何を見せようとしていたのですか、と問えば、こてん、と首を傾げて見せた政宗が、ああ、そうだ、と思い出し、これだよこれ、と言って、再びズボンに手をかけようとするので、いやいや、口で言って下され、と幸村は懇願する羽目になる。
どのような姿であっても、政宗への愛情は変わらぬ自信はあるものの、やはり人の姿をしていれば、幸村にとっては離れがたく離しがたい情動に駆られるわけで。
せっかく、猫に戻る事を見送って差し上げられる、と心穏やかになったところなのに、と少し無邪気すぎる政宗を恨めしく思う。
見たくねぇのか? と何だか気に入りの玩具を貸してあげる気になっていたのに、それいらない、と言われた子供のような顔をして、政宗は口を開いた。
しっぽ。
しっぽ。
しっぽ?
しっぽとは、しっぽ、でございますな、と意味不明な返事をして、幸村は、何だアンタしっぽも知らないのか、と政宗に笑われる。
がんがんと音が鳴り響く頭で幸村は、そうか、彼は、今回、尻尾が生えてきたのか、と思う。
では、四度目の熱が引けば、次はひげか、それとも、鋭い爪か、それとも瞳が昼は長細くなるようになるのか。
それとも、それとも、それとも。
それとも――。
一気にあの、つやつやとした身軽な姿に変わってしまうのか。
やっぱり。
やっぱり、無理だ。
やっぱり、心中穏やかになど、彼を、見送れぬ――。
スポンサードリンク