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『野良猫に原チャリを占拠されちゃった』

十九



 それから、何回も何回も、お日様が出て、沈んで、あの公園でたくさんpartyして遊んでも、俺は元気だったから、アンタのことを、ちょっとは、いい人間なのかも、って思い始めたんだ。
 それで、ちょっとなら、って思って、いつも、おいしいご飯をくれる、お礼にと思って、背中を撫でるのだけは許したんだ。
 アンタの手はあったかくて、撫で方も優しくて、俺は、気分がよくなったから、これなら、平気かな、と思って、許してたんだ。
 そうしたら、アンタがいつも嬉しそうにご飯を持ってきては、たくさん喋りかけて、俺の事を大事にしてくれてるのが、すごく伝わってきた。
 それで、もう、俺も、このいいにおいの人間は、いいヤツなんだって思えて、ついつい、アンタの顔を見ると、嬉しくなって、ねこどの、って言われると、返事とか、しちゃったんだ。
 ねこどのって言われて、パカンて音がするのが、楽しみだった。
 毎日おいしいご飯が食べられるようになって、嬉しかったし、アンタが優しく撫でるのも、気持ちよかったし、話しかけてきてくれる声も、猫になったらきっとはくりょくがある唸り声になると思って、かっこいいな、と思えてた。
 だから、あの赤い乗り物と一緒に、このいい人間を俺のものにしようと思って、時々、すりすりしにいってたんだ。
 そしたら、アンタは、もっともっと嬉しそうになって、前よりも優しく話してくるようになったし、背中を撫でるのもうまくなったし、ご飯も忘れずにくれるんだ。

 幸村は、俺はなんと、馬鹿な男なのだ、と思った。
 これでは、猫に貢ぐ阿呆な男ではないか。
 これでは、野良猫の時から、政宗殿を、好きだったと、言われているような、ものでは、ないか……。
 俺は、彼に、一体いつから、恋していたのか。
 途方もない気持ちになっている幸村に構いもせずに政宗の話は続く。


 それで、あの赤い乗り物で寝ていると、アンタがやってきて、嬉しそうにするのが、俺も嬉しくなって、もう、ずっとこの人間がここにいたらいいのに、って思って、でも、そのためには、俺がちゃんと、いつも、嬉しい、ありがとう、と思っている事を、人間に分かるように伝えなきゃいけないんだと思って、それで、毎日、猫のparty placeにくる、物知りの猫に聞いたら、雨の日に、濡れても嫌がらずに猫の神様に祈れば、聞いてくれるかもしれないって言われたんだ。
 雨の日に、濡れるなんて、凄く嫌だった。
 毛はびしょびしょになるし、目も見えにくくなるし、耳だって聞こえにくくなる。
 それに、ひげだってしおれて、うまく歩けなくなるし、しっぽだって重くて、高いところに上るのも大変になるんだ。
 それなのに、雨の日にしか神様は出てこないって聞いて、俺は凄く迷った。

 猫にとってそれはさぞ辛かろうと思うと、幸村は、そんな事をしてまで、なおも、自分にその思いを伝えにきてくれた政宗を、ことさら愛しいと思った。


 だけど、俺は、coolな猫なんだ。
 一度決めたら絶対にやるんだ。
 アンタを俺のものにするために、自分でがんばると決めたんだから、絶対にやってやると思って、雨の日は毎日外で神様に祈った。
 夜になるたびに、雨宿りの土管を抜けて、物知りの猫が言っていた、じんじゃ、っていう場所に通って、人間にしてください、ってお願いし続けたんだ。


 なんと、それは、まるで、人間で言う水垢離ではないか。お百度参りと言ってもいい。
 体を清めるために水を被り、夜な夜な神に祈りを捧げるのだ。猫に、そのような知恵を持ったものがいるとは、と幸村は驚きを隠せない。
 だが、長く生きている猫ならば、もしかすると、とも思う。


 それで、ずっとすっとお願いし続けていたんだけど、雨が降っていたのに、からだが動かなくて、気持ち悪くて、おなかも痛いし、すごく眠くて、動けなくて、ずっと寝てて、夜になって目がさめて、雨だ、じんじゃに行かなきゃって思ったけど、ほんとうに苦しくて、からだが痛くて、どうして、って思ったけれど、今日も行かなきゃ、雨の日は毎日、って言われてたのに、って、くやしくて、泣きたくなった。
 もう、神様、俺のこと待っててくれないかな、って思って、すごく不安になって、くるしいのを、がまんして、土管からはいでたんだ。
 そうしたら、耳もしっぽもなくて、よくみたら、前足は、人間と同じ形になっていて、すごく驚いて、どうしようって思った。
 神様は聞いてくれたんだと思って、嬉しくて、くるしかったのも、おなかが痛かったのも消えてて、からだ中が痛かったのもなくなってたし、きっと、神様がなおしてくれたんだ、と思って、びしょびしょになったけど、縄張りにしている土管から出て、空き地で、立っていたら、もじゃもじゃの人間がやってきて、にーちゃんもたいへんだな、って言って、黒い洋服をくれたんだけど、よく分からないから、頭でこれどうするんだ、って考えて、そういうふうにしゃべってみたら、つうじたから、自分の言葉が人間につうじるんだ、って言うのも分かって、もじゃもじゃの人間が、洋服を着せてくれて、にーちゃん、しっかりいきろよ、って言ってくれた。

 政宗の話は、きっと、土管の中で夜になるのを待っているうちに、人に変化したときの、そう、ここ最近高熱を出して苦しんでいた時の症状だったのだろうか、と幸村は思い、そして、そのような場所で、なんともはや、と思うが、いわゆる、無職の、人間界の野良猫のような方に巡りあえた政宗の強運に驚いていた。


 それで、すぐに、アンタのことを思い出して、すぐに、言わなきゃって思って、走ってきた。
 人間の足は遅くて、イライラしたけど、それに走りにくくて何回も転んだけど。ずっとずっと言わなきゃと思っていたから、痛かったけど、走ってきたんだ。
 雨が降ってても、俺がいっぱいつけたにおいは、少しのこっていたし、ちゃんと、これただろ、と彼は締めくくり、あの八重歯を覗かせ一つ目をきゅ、と細めた。


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