15
拍手過去ログ
『野良猫に原チャリを占拠されちゃった』
十五
途方に暮れていた幸村だったが、それでも、俺がこの人を守るのだと、俺がしっかりせねばこの人を元の生活に戻せぬぞ、と気合を入れ直し、床に落ちていた氷嚢を今度こそ拾う。
流しに中の水を捨て、ビニール袋も捨てる。
さて、起きたら何か食べさせてやらねばな、と考えて冷蔵庫を開けると、前の晩の残り物が少しあったので、それを温めて自分は食べ、政宗には鮭の切り身を焼いて、それで鮭粥でも作ってやればよいかと思い、魚焼きのグリルに鮭を並べ火をつける。
じわじわと焼けていくのを見守りながら自分は先にあまり物を食べ、食器を洗い、水切り籠に伏せる。
未だ何だかしゃっきりしない気がして、ざぶざぶと水で顔を洗って戻ってくれば、こんがりと焼ける鮭の匂いがしていて、もういいかと火を止め、政宗の様子を見に行く。
はぁ、この姿も後僅かなのか、と知らず知らずのうちに溜息が漏れるが、病み上がりの政宗を気遣い、小さな声で政宗殿と声をかけると、ううん、と唸り声が上がり、にゃんだ、と普段の寝起きよりさらに舌足らずな声が聞こえた。
起きれますか、と聞けば、いいにおいがする、と言って目を擦り、morning. と呟きむくりと起き上がった。
起き上がれるのなら大丈夫か、と幸村は内心で安堵すると、鮭を焼きましたぞ、今粥にして差し上げましょうと言い置き、再び台所に立つ。
政宗はそれをぼんやりと見送っていたが、普段より音がよく聞こえるし、何だか匂いも色々強く嗅ぎ取れる。
おかしいな、と思ってタオルケットを引っ張ってベッドから降りると、ぐらりと視界が揺れて、その場に転んでしまった。
どしん、と音がして鍋に白飯を煮立たせその上に鮭を解していた幸村は慌てて火を止め寝室に戻ると、ベッドの下でひっくり返っている政宗と目が合う。
何をしておいでかと声をかければ、なんか、部屋が、ぐにゃって、した、と心細げな声がして、ああ、病み上がりで起き上がって目が回ったのだな、と見当をつける。
政宗殿、そなたは昨夜熱を出されて、寝込んでおいでだったのですよ、と言えば、ねつ? と言われ、これはどう言ったらいいものか、と考え、体が、いつもの調子ではなくなるのです、元気が出なくなって、あまり沢山遊んだりもできないようになるのですと言うと、そんなの嫌だ、と返ってくる。
――本当に、この人と交わす一言一言が愛しい。
そう思って幸村は口元を笑みの形にすると、だけど、もう熱は下がったので、もう少しちゃんと静かにしていれば、また遊べますぞ、と教えてやる。
ならいいや、と言って、政宗はひっくり返っていた体勢を立て直し、起き上がろうとするので、幸村が支えてやる。
途端に政宗が首を傾げるので、どうかなされましたか、と聞けば、いつもより、音が大きく聞こえる、魚のにおいも、いっぱいする、と言うのだ。
これは、と思い、幸村はどうぞこちらへ、と一先ず政宗をコタツに座らせる。粥をよそって持ってきて、ふーふーと言うのを覚えた政宗は、スプーンを握ってふーふーと息を吹きかけた。
鮭だけの塩気でできている粥を政宗はぼとぼと零しながらも一人で食べきり、ごちそうさま、と手を合わせた。
これも、幸村が教えた成果だった。
それから幸村は政宗の食べた後を片付けて、政宗には少し温めた牛乳を、自分には冷たい麦茶を持ってきて、座った。
政宗殿、大事なお話がございます、と前置きして、幸村はコップを前にくんくんとして、ほわほわした匂いに顔を綻ばせている政宗を見遣った。
なんだ? と言うように政宗が幸村と目を合わせたので、こほん、と一つ咳払いをして、昨夜からあった事を話し始めた。昨夜、政宗が酷く元気がなかった事。体が熱くて、とても心配した事。そして、熱が下がってからの、――変化を。
政宗は信じられない、と言う顔をして、really? と何度も聞いてくるので、鏡を見せてやれば、政宗は自分の頭に生えている、よく知っている感触のものを何度も触っては、目を輝かせた。
これで俺、猫にもどれるのかな、と。
その何のてらいもない、純真さで幸村の心を深く抉るのだ。
それでも、そんな刃のような言葉を言いながら笑う顔はとても、愛しくて。
幸村は、ぐ、と腹に力を篭めて溢れ出そうになる気持ちを押し留めると、だから、音もよく聞こえるし、匂いが沢山するのは、猫の力が戻ってきているのでは、と付け足した。
うんうん、そうか、そうだな! と見る見る元気よく機嫌よくなる政宗に、泣き出したいような気持ちになりながら、幸村も、ようござったな、と笑って見せたのだった――。
十五
途方に暮れていた幸村だったが、それでも、俺がこの人を守るのだと、俺がしっかりせねばこの人を元の生活に戻せぬぞ、と気合を入れ直し、床に落ちていた氷嚢を今度こそ拾う。
流しに中の水を捨て、ビニール袋も捨てる。
さて、起きたら何か食べさせてやらねばな、と考えて冷蔵庫を開けると、前の晩の残り物が少しあったので、それを温めて自分は食べ、政宗には鮭の切り身を焼いて、それで鮭粥でも作ってやればよいかと思い、魚焼きのグリルに鮭を並べ火をつける。
じわじわと焼けていくのを見守りながら自分は先にあまり物を食べ、食器を洗い、水切り籠に伏せる。
未だ何だかしゃっきりしない気がして、ざぶざぶと水で顔を洗って戻ってくれば、こんがりと焼ける鮭の匂いがしていて、もういいかと火を止め、政宗の様子を見に行く。
はぁ、この姿も後僅かなのか、と知らず知らずのうちに溜息が漏れるが、病み上がりの政宗を気遣い、小さな声で政宗殿と声をかけると、ううん、と唸り声が上がり、にゃんだ、と普段の寝起きよりさらに舌足らずな声が聞こえた。
起きれますか、と聞けば、いいにおいがする、と言って目を擦り、morning. と呟きむくりと起き上がった。
起き上がれるのなら大丈夫か、と幸村は内心で安堵すると、鮭を焼きましたぞ、今粥にして差し上げましょうと言い置き、再び台所に立つ。
政宗はそれをぼんやりと見送っていたが、普段より音がよく聞こえるし、何だか匂いも色々強く嗅ぎ取れる。
おかしいな、と思ってタオルケットを引っ張ってベッドから降りると、ぐらりと視界が揺れて、その場に転んでしまった。
どしん、と音がして鍋に白飯を煮立たせその上に鮭を解していた幸村は慌てて火を止め寝室に戻ると、ベッドの下でひっくり返っている政宗と目が合う。
何をしておいでかと声をかければ、なんか、部屋が、ぐにゃって、した、と心細げな声がして、ああ、病み上がりで起き上がって目が回ったのだな、と見当をつける。
政宗殿、そなたは昨夜熱を出されて、寝込んでおいでだったのですよ、と言えば、ねつ? と言われ、これはどう言ったらいいものか、と考え、体が、いつもの調子ではなくなるのです、元気が出なくなって、あまり沢山遊んだりもできないようになるのですと言うと、そんなの嫌だ、と返ってくる。
――本当に、この人と交わす一言一言が愛しい。
そう思って幸村は口元を笑みの形にすると、だけど、もう熱は下がったので、もう少しちゃんと静かにしていれば、また遊べますぞ、と教えてやる。
ならいいや、と言って、政宗はひっくり返っていた体勢を立て直し、起き上がろうとするので、幸村が支えてやる。
途端に政宗が首を傾げるので、どうかなされましたか、と聞けば、いつもより、音が大きく聞こえる、魚のにおいも、いっぱいする、と言うのだ。
これは、と思い、幸村はどうぞこちらへ、と一先ず政宗をコタツに座らせる。粥をよそって持ってきて、ふーふーと言うのを覚えた政宗は、スプーンを握ってふーふーと息を吹きかけた。
鮭だけの塩気でできている粥を政宗はぼとぼと零しながらも一人で食べきり、ごちそうさま、と手を合わせた。
これも、幸村が教えた成果だった。
それから幸村は政宗の食べた後を片付けて、政宗には少し温めた牛乳を、自分には冷たい麦茶を持ってきて、座った。
政宗殿、大事なお話がございます、と前置きして、幸村はコップを前にくんくんとして、ほわほわした匂いに顔を綻ばせている政宗を見遣った。
なんだ? と言うように政宗が幸村と目を合わせたので、こほん、と一つ咳払いをして、昨夜からあった事を話し始めた。昨夜、政宗が酷く元気がなかった事。体が熱くて、とても心配した事。そして、熱が下がってからの、――変化を。
政宗は信じられない、と言う顔をして、really? と何度も聞いてくるので、鏡を見せてやれば、政宗は自分の頭に生えている、よく知っている感触のものを何度も触っては、目を輝かせた。
これで俺、猫にもどれるのかな、と。
その何のてらいもない、純真さで幸村の心を深く抉るのだ。
それでも、そんな刃のような言葉を言いながら笑う顔はとても、愛しくて。
幸村は、ぐ、と腹に力を篭めて溢れ出そうになる気持ちを押し留めると、だから、音もよく聞こえるし、匂いが沢山するのは、猫の力が戻ってきているのでは、と付け足した。
うんうん、そうか、そうだな! と見る見る元気よく機嫌よくなる政宗に、泣き出したいような気持ちになりながら、幸村も、ようござったな、と笑って見せたのだった――。
スポンサードリンク