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『野良猫に原チャリを占拠されちゃった』
十三
幸村は、長い夏休みを、どうやって過ごそうか、と考えていた。
師範代のバイトをしている道場には行くものの、講義のなくなった時間は随分とあるもので、これでは毎日政宗殿の庭遊びに付き合うしかないのでござろうか、などと考え、まぁ、それもいいか、と思っていた。
何せ、とにかく、政宗が可愛いのだ。
自分がこんなに猫好きだとは思わなかった、と自分で驚くほどに、政宗が、今、一番可愛い。
俺は所謂自分の飼い猫や飼い犬が一番だと思う、親馬鹿、と言う人種なのかも知れぬ、と自嘲してみるも、だが、彼らの気持ちも分かると言うもので、さもありなん、と納得するのだ。
日々暑さの増す中、政宗は幸村の気の遠くなるような努力のお陰で、昼間遊んで、夜眠る、と言う習慣を獲得していて、昼間は庭先に出て遊んだり、散歩に行きたくなれば、幸村にせがんで、縄張り巡りをしたりして、それなりに謳歌していたのだが、ここのところの暑さで、若干参っているようだった。
縄張り巡りの散歩は、大体買い物に行く時にするのだが、それは幸村たっての希望で、政宗に一人で外を歩かせたくない、という幸村の過保護がそうさせたのだ。
尤も、幸村の言う事に一理はあり、見た目は人の姿でも、今もって猫の本能薄らぐ様子のない政宗が一人で出歩けば、挙動不審などであらぬ騒動を起こしそうだし、いつ、誰に、どのようにして迷惑をかけてしまうかも、分からない。
それに、それに、……あの人を、一人で出歩かせるなど、そんな理由などなくとも、俺は嫌なのだ。
理由などなく、ただ、俺の内側が、嫌だと言っているのだ。
あの人を、本当なら、俺だけが見ていたい。
けれど、あの人が外を求める気持ちを踏みにじることも出来ぬ。
なれば、なれば、俺が常に側にいて、あの人を見守っているしかないではないか。
そんな、己の中に渦巻く思いとは裏腹に、政宗はそんなに言うなら俺の縄張り見せてやるぜ、と明後日の方向の返事をし、アンタが泣いて(決して泣いてなどいないのだが)嫌がるからな、と笑って、いくら一人の時間が退屈でも、幸村が一緒の時でなければ散歩には行かないでいてくれるのだ。
そんな事が続く毎日の中で、幸村は日がな一日中政宗と過ごせるだろう夏休みを、本当は楽しみにしていたのだ。
これで、政宗と過ごせる時間が増える、と。
けれど、最近の政宗は若干夏ばてなのか、俺はcoolな猫だぜ、と自称していた割には、coolとは程遠いような有様で、台所の冷たい床の上に伸びきっているのだ。
これでは、せっかく俺が一日どこへでも付き合えると言うのに、空回りになってしまうな、と暑いから冷たい場所を求めて台所などという場所で横になっているくせに、タオルケットだけは握り締めている政宗を見遣って溜息を吐く幸村だった。
だが、その日は政宗が目を覚ます事はなく、それこそ、いつもならば日が暮れてそろそろ晩飯の買い物でも、と言う頃になると、いそいそとビーチサンダルに足を突っ込むのに。
政宗殿、そろそろ買い物の時間でござる、と言いながら、幸村は政宗の様子を見に行く。
と、そこには――。
そこには、苦しげに眉を寄せ、ぎりぎりと歯軋りをして、身を丸め、いつも涼しげにしていた顔にびっしりと珠の汗を噴出した政宗がいたのだ。
あまりの様相に、幸村は一瞬我を忘れそうになったが、いやいや、と思い直し、政宗殿、政宗殿、と声をかける。
一先ずベッドに連れて行こう、と思って握り締められているタオルケット諸共抱え上げると、あまりにもぐったりした様子と、熱の高さに驚く。
これは、と驚いて政宗を運び込み、熱など測らなくとも分かる程の高熱に、風邪でも召したのかと思い、人間の薬など飲ませて大丈夫なのかとか、先ずは汗を拭いてとか、色々な事が瞬時に頭を駆け巡り、ええと、あれはどこにあったか、などと言いながら生温い水しか出てこない水道にイライラして、やっと冷たくなった頃にすぐさまタオルを濡らす。
汗を拭い、ビニール袋に製氷機から氷を入れた簡易氷嚢を作りタオルで包んで額に宛てる。
これで少しは、と思っていると、うう、うう、と政宗が唸り始める。
政宗殿、いかが致した、と声をかけるが、政宗からは苦しそうに、うう、うう、と呻く声しか出てこない。
これでは、せっかく言葉が通じるのに、痛いのか、暑いのか、苦しいのか、分からぬではないか。
その時だ。そういえば、と思い出す。
近所の動物を飼っているご婦人方が、道端にたむろして、あの子達は言葉が分からないから、人間がちゃんと見ていてあげないと、手遅れになることも多いのよね、今回は気がつくのが早くて助かったけど、と、何やら首にけったいな襟をつけた犬を抱えながら話していたのを――。
まさか、まさか、と。
俺が不注意だったのか。
人としての言葉が通じるがゆえに、気が緩んでいたのか。
俺は政宗殿を心底大切にしてきたつもりだったのに。
けれど、この方の本来持っている動物の部分に気付けなかったのか。
あれ程、見つめてきたと言うのに……!
幸村は自責の念に駆られ、政宗殿、政宗殿、と涙混じりに声をかけ続けたのだった――。
十三
幸村は、長い夏休みを、どうやって過ごそうか、と考えていた。
師範代のバイトをしている道場には行くものの、講義のなくなった時間は随分とあるもので、これでは毎日政宗殿の庭遊びに付き合うしかないのでござろうか、などと考え、まぁ、それもいいか、と思っていた。
何せ、とにかく、政宗が可愛いのだ。
自分がこんなに猫好きだとは思わなかった、と自分で驚くほどに、政宗が、今、一番可愛い。
俺は所謂自分の飼い猫や飼い犬が一番だと思う、親馬鹿、と言う人種なのかも知れぬ、と自嘲してみるも、だが、彼らの気持ちも分かると言うもので、さもありなん、と納得するのだ。
日々暑さの増す中、政宗は幸村の気の遠くなるような努力のお陰で、昼間遊んで、夜眠る、と言う習慣を獲得していて、昼間は庭先に出て遊んだり、散歩に行きたくなれば、幸村にせがんで、縄張り巡りをしたりして、それなりに謳歌していたのだが、ここのところの暑さで、若干参っているようだった。
縄張り巡りの散歩は、大体買い物に行く時にするのだが、それは幸村たっての希望で、政宗に一人で外を歩かせたくない、という幸村の過保護がそうさせたのだ。
尤も、幸村の言う事に一理はあり、見た目は人の姿でも、今もって猫の本能薄らぐ様子のない政宗が一人で出歩けば、挙動不審などであらぬ騒動を起こしそうだし、いつ、誰に、どのようにして迷惑をかけてしまうかも、分からない。
それに、それに、……あの人を、一人で出歩かせるなど、そんな理由などなくとも、俺は嫌なのだ。
理由などなく、ただ、俺の内側が、嫌だと言っているのだ。
あの人を、本当なら、俺だけが見ていたい。
けれど、あの人が外を求める気持ちを踏みにじることも出来ぬ。
なれば、なれば、俺が常に側にいて、あの人を見守っているしかないではないか。
そんな、己の中に渦巻く思いとは裏腹に、政宗はそんなに言うなら俺の縄張り見せてやるぜ、と明後日の方向の返事をし、アンタが泣いて(決して泣いてなどいないのだが)嫌がるからな、と笑って、いくら一人の時間が退屈でも、幸村が一緒の時でなければ散歩には行かないでいてくれるのだ。
そんな事が続く毎日の中で、幸村は日がな一日中政宗と過ごせるだろう夏休みを、本当は楽しみにしていたのだ。
これで、政宗と過ごせる時間が増える、と。
けれど、最近の政宗は若干夏ばてなのか、俺はcoolな猫だぜ、と自称していた割には、coolとは程遠いような有様で、台所の冷たい床の上に伸びきっているのだ。
これでは、せっかく俺が一日どこへでも付き合えると言うのに、空回りになってしまうな、と暑いから冷たい場所を求めて台所などという場所で横になっているくせに、タオルケットだけは握り締めている政宗を見遣って溜息を吐く幸村だった。
だが、その日は政宗が目を覚ます事はなく、それこそ、いつもならば日が暮れてそろそろ晩飯の買い物でも、と言う頃になると、いそいそとビーチサンダルに足を突っ込むのに。
政宗殿、そろそろ買い物の時間でござる、と言いながら、幸村は政宗の様子を見に行く。
と、そこには――。
そこには、苦しげに眉を寄せ、ぎりぎりと歯軋りをして、身を丸め、いつも涼しげにしていた顔にびっしりと珠の汗を噴出した政宗がいたのだ。
あまりの様相に、幸村は一瞬我を忘れそうになったが、いやいや、と思い直し、政宗殿、政宗殿、と声をかける。
一先ずベッドに連れて行こう、と思って握り締められているタオルケット諸共抱え上げると、あまりにもぐったりした様子と、熱の高さに驚く。
これは、と驚いて政宗を運び込み、熱など測らなくとも分かる程の高熱に、風邪でも召したのかと思い、人間の薬など飲ませて大丈夫なのかとか、先ずは汗を拭いてとか、色々な事が瞬時に頭を駆け巡り、ええと、あれはどこにあったか、などと言いながら生温い水しか出てこない水道にイライラして、やっと冷たくなった頃にすぐさまタオルを濡らす。
汗を拭い、ビニール袋に製氷機から氷を入れた簡易氷嚢を作りタオルで包んで額に宛てる。
これで少しは、と思っていると、うう、うう、と政宗が唸り始める。
政宗殿、いかが致した、と声をかけるが、政宗からは苦しそうに、うう、うう、と呻く声しか出てこない。
これでは、せっかく言葉が通じるのに、痛いのか、暑いのか、苦しいのか、分からぬではないか。
その時だ。そういえば、と思い出す。
近所の動物を飼っているご婦人方が、道端にたむろして、あの子達は言葉が分からないから、人間がちゃんと見ていてあげないと、手遅れになることも多いのよね、今回は気がつくのが早くて助かったけど、と、何やら首にけったいな襟をつけた犬を抱えながら話していたのを――。
まさか、まさか、と。
俺が不注意だったのか。
人としての言葉が通じるがゆえに、気が緩んでいたのか。
俺は政宗殿を心底大切にしてきたつもりだったのに。
けれど、この方の本来持っている動物の部分に気付けなかったのか。
あれ程、見つめてきたと言うのに……!
幸村は自責の念に駆られ、政宗殿、政宗殿、と涙混じりに声をかけ続けたのだった――。
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