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『野良猫に原チャリを占拠されちゃった』
十二
ぺたぺたぺたぺた。
夕暮れの道に長く伸びる影。
二人分の足音が響き、がさがさ、とビニール袋の音がする。
そんな中、ぴょこんぴょこん、と跳ねるように歩いていた政宗が、今日は魚だろ、と嬉しそうに幸村に振り返る。
そうですな、今日は政宗殿のお好きなまぐろの刺身が安かったので、と幸村も嬉しそうに答える。
ビーチサンダルは政宗にいたく好評で、彼は庭先で遊ぶ時すらも玄関からわざわざ持ってきて履くぐらいで、それはそれは幸村を大変喜ばせた。
そして、すっかり足に馴染んだ青いサンダルで、今となってはこうして幸村と買い物に出かけたりできるようになったのだ。
買い物は節約しなければならないので、政宗が鮮魚コーナーで、あれも、これも、と言い始める前に、幸村は赤い値札がついている魚を(種類も見ずに)ぱっと掴み取り、今日は、これですぞ、と普段より幾分強い口調で言い含める、と言うのが恒例になってしまっていた。
一先ずは、質より量であり、なおかつ、値段、なのだ。
だから、時々どう調理するのか分からないような、自分の手に負えないような、後悔するような魚を掴み取っていたりして、レジで会計するときに、あの、これ返してもよかろうか、と恥をかくことも何度もある。
けれど、二人分の食費を一人分のバイト代で賄うには、それは致し方ないことなのだ。
大分前までは、政宗はパカンてするやつ、うめぇぞ、と言いながら自分で開け方を覚えたのもあり、それを開けて握り締めたスプーンでぼろぼろ零しながら食べていたが、いかんせん、彼は今、人の姿であり、本能としては猫なのであろうが、肉体は人間なのだ。いつまでもそんなものを食べさせておくわけにはいかないし、正直、見ている幸村にしてみれば、ちょっと、う、と詰まるような光景だったのだ。
だから、味を薄くしたおかずだとか、白飯を少しずつ与え始め、人間の食事に慣れていってもらった。
初めて焼き魚を出した日は、魚を焼いている最中から幸村の後ろでうろうろとして、それなんだ、何の匂いだ、としつこく聞いてきて、いつも手離さないタオルケットがテレビの前にくしゃくしゃになったままだったのを思い出し、幸村は、あれはまことに可愛らしかった、と頬を緩める。
焼きたてのアジの開きに白飯と、残り物の野菜で作った味噌汁。質素だけれど幸せな食卓で、政宗はさっきからいい匂いをさせて自分を興奮させるものに顔を近づけた。
そして、ouch! と叫んだのだ。
いつものように、くんくんとしようとして、あまりにもいい匂いすぎて、顔を近付けすぎたのだ。
じゅうじゅうとまだ魚の油があぶくを立てるそれは、焼き立てで、熱くて、政宗は目に涙を溜めて幸村の顔を見た。
その顔を見て何やら訳の分からない甘酸っぱくて痺れるような感覚が幸村の背筋を駆け上ったが、痛そうに鼻を押さえる政宗が心配で、その感覚を捩じ伏せて、大丈夫ですか、と声をかけ冷たく絞った布巾で政宗の鼻を拭いた。
政宗はこれ、これ、と、いい匂いなのに自分に手酷い事をした焼き魚を前に、なんともしようがなくて、でも気になるし、と言うような感じで幸村を見遣る。
政宗は、まだ箸が上手に使えないので、殆どの食事をフォークやスプーンを握ってとる。
だが焼き魚はそれでは全く歯が立たず、いつもなら噛り付くものを、一度痛い目を見てしまったものには、なかなかそうもできず、これ、これ、と幸村に言うのだ。
幸村は迷ったが、自分の箸で魚の身を解し、ふーふーと吹いてやると、政宗の口元に持っていった。
政宗はそれ熱い、と言って顔を背けたが、もう冷めておりますから、食べてみて下され、と幸村に言われ、恐る恐る口を開いたのだ。
あーん、と口を開けて幸村の箸の先を咥えた政宗は、にゃごうにゃにゃ!! と全く何語か分からない悲鳴を上げて、もっとよこせ、と催促してきて、一口食べるたびにうにゃうにゃと何語か分からない言葉で感嘆を漏らし、結局自分が食べ終わるまでずーっと幸村の箸から食べたのだ。
幸村の分の食事が完全に冷め切ったのは言うまでもなく、政宗の食事が終わってから、幸村は冷めた焼き魚と冷めた白飯、冷めた味噌汁を一人もそもそと味わったのだ。
けれど、それは、政宗に食べさせた箸だ、などと考えると、途端に味気ない食事は色鮮やかになり、箸を口に運ぶたびに頬染まるような気分をも味わうのだった――。
十二
ぺたぺたぺたぺた。
夕暮れの道に長く伸びる影。
二人分の足音が響き、がさがさ、とビニール袋の音がする。
そんな中、ぴょこんぴょこん、と跳ねるように歩いていた政宗が、今日は魚だろ、と嬉しそうに幸村に振り返る。
そうですな、今日は政宗殿のお好きなまぐろの刺身が安かったので、と幸村も嬉しそうに答える。
ビーチサンダルは政宗にいたく好評で、彼は庭先で遊ぶ時すらも玄関からわざわざ持ってきて履くぐらいで、それはそれは幸村を大変喜ばせた。
そして、すっかり足に馴染んだ青いサンダルで、今となってはこうして幸村と買い物に出かけたりできるようになったのだ。
買い物は節約しなければならないので、政宗が鮮魚コーナーで、あれも、これも、と言い始める前に、幸村は赤い値札がついている魚を(種類も見ずに)ぱっと掴み取り、今日は、これですぞ、と普段より幾分強い口調で言い含める、と言うのが恒例になってしまっていた。
一先ずは、質より量であり、なおかつ、値段、なのだ。
だから、時々どう調理するのか分からないような、自分の手に負えないような、後悔するような魚を掴み取っていたりして、レジで会計するときに、あの、これ返してもよかろうか、と恥をかくことも何度もある。
けれど、二人分の食費を一人分のバイト代で賄うには、それは致し方ないことなのだ。
大分前までは、政宗はパカンてするやつ、うめぇぞ、と言いながら自分で開け方を覚えたのもあり、それを開けて握り締めたスプーンでぼろぼろ零しながら食べていたが、いかんせん、彼は今、人の姿であり、本能としては猫なのであろうが、肉体は人間なのだ。いつまでもそんなものを食べさせておくわけにはいかないし、正直、見ている幸村にしてみれば、ちょっと、う、と詰まるような光景だったのだ。
だから、味を薄くしたおかずだとか、白飯を少しずつ与え始め、人間の食事に慣れていってもらった。
初めて焼き魚を出した日は、魚を焼いている最中から幸村の後ろでうろうろとして、それなんだ、何の匂いだ、としつこく聞いてきて、いつも手離さないタオルケットがテレビの前にくしゃくしゃになったままだったのを思い出し、幸村は、あれはまことに可愛らしかった、と頬を緩める。
焼きたてのアジの開きに白飯と、残り物の野菜で作った味噌汁。質素だけれど幸せな食卓で、政宗はさっきからいい匂いをさせて自分を興奮させるものに顔を近づけた。
そして、ouch! と叫んだのだ。
いつものように、くんくんとしようとして、あまりにもいい匂いすぎて、顔を近付けすぎたのだ。
じゅうじゅうとまだ魚の油があぶくを立てるそれは、焼き立てで、熱くて、政宗は目に涙を溜めて幸村の顔を見た。
その顔を見て何やら訳の分からない甘酸っぱくて痺れるような感覚が幸村の背筋を駆け上ったが、痛そうに鼻を押さえる政宗が心配で、その感覚を捩じ伏せて、大丈夫ですか、と声をかけ冷たく絞った布巾で政宗の鼻を拭いた。
政宗はこれ、これ、と、いい匂いなのに自分に手酷い事をした焼き魚を前に、なんともしようがなくて、でも気になるし、と言うような感じで幸村を見遣る。
政宗は、まだ箸が上手に使えないので、殆どの食事をフォークやスプーンを握ってとる。
だが焼き魚はそれでは全く歯が立たず、いつもなら噛り付くものを、一度痛い目を見てしまったものには、なかなかそうもできず、これ、これ、と幸村に言うのだ。
幸村は迷ったが、自分の箸で魚の身を解し、ふーふーと吹いてやると、政宗の口元に持っていった。
政宗はそれ熱い、と言って顔を背けたが、もう冷めておりますから、食べてみて下され、と幸村に言われ、恐る恐る口を開いたのだ。
あーん、と口を開けて幸村の箸の先を咥えた政宗は、にゃごうにゃにゃ!! と全く何語か分からない悲鳴を上げて、もっとよこせ、と催促してきて、一口食べるたびにうにゃうにゃと何語か分からない言葉で感嘆を漏らし、結局自分が食べ終わるまでずーっと幸村の箸から食べたのだ。
幸村の分の食事が完全に冷め切ったのは言うまでもなく、政宗の食事が終わってから、幸村は冷めた焼き魚と冷めた白飯、冷めた味噌汁を一人もそもそと味わったのだ。
けれど、それは、政宗に食べさせた箸だ、などと考えると、途端に味気ない食事は色鮮やかになり、箸を口に運ぶたびに頬染まるような気分をも味わうのだった――。
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