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『野良猫に原チャリを占拠されちゃった』
十一
漸く梅雨も明け、夏本番となった頃、庭先で裸足で遊んでいた政宗に、幸村は政宗殿と言って、紙袋を渡した。
初めてスニーカーに足を通した時以来、政宗はあの閉塞感だとかざらりとした感じが苦手で、幸村が何度練習致しましょう、と誘っても、嫌だ、の一点張りで、それでは政宗殿の縄張り探検もできなくなりますぞ、と言えば、もう、いい、と言い出し、俺は、この家の猫になったんだし、と少しだけ悲しそうな顔をして見せた。
幸村は、うちで暮らすのはお嫌でしたか、と政宗の悲しげな顔を見たときに感じた動揺を隠しながら聞いた。
そうすると政宗は、一瞬考えたように首を傾げ、俺はこの家嫌いじゃないから、この家に住むのは平気、と言い、けれど野良猫だったときみたいに外で遊べないのはつまらない、と言い出した。
それを聞いて、幸村はこれほどまでに、と自分でも驚くほど安心して、ならば、その庭先でなら裸足で遊んでもよいですよ、と伝え、遊んだあとに足を拭いてくれれば、と付け足した。
政宗はそれはそれは煌びやかな笑顔を見せてOK.分かった、と言うなり、外に飛び出たのだ。
久しぶりに外に出て、目一杯土の匂いを嗅いだり、虫を追いかけたりして政宗は泥だらけになって遊んだ。
彼は土の匂いを嗅ぐ、と言う行為を人間が鼻先だけで感じるようなやり方ではなく、実際に四つ這いになって顔を近づけるので、まさに、文字通り、泥だらけになるのだ。
置いてある物干しや、いつの頃にか幸村が壊してしまって、置きっぱなしにしてしまっている勉強机の残骸などに、額を擦り付けては、俺のもの、と主張をするようにくんくん、と匂いを嗅ぎ、そんなものにお顔を寄せられては、と思う幸村の気持ちなどお構いなしに、あれも、これも、と顔を寄せては匂い付けをして、再び顔を寄せて確認するようにくんくん、とするのだ。
その仕草はあまりにも可愛らしく、幸村は、ああ、これで少しでも政宗殿の気が紛れるのなら、外に出してあげてよかった、と思った。
けれど、そんな日々も狭いアパートの庭先のこと。すぐに政宗は全てを自分の縄張りにしてしまい、時々土から顔を出す虫や小さい生き物相手に格闘したりしつつも、庭先の、ブロック塀をすいすいと我が物顔で歩く猫を見つめることが増えていった。
ああ、やはり、このような狭い場所では満足できないのだな、とその様子を何度となく見ていた幸村は、政宗殿に自由にして欲しいが、けれど、このままの状態ではこの庭先より先の世界にお連れするにはあまりにも、と内なる葛藤を抱えたのだった。
そして、幾日か逡巡し、政宗に紙袋を渡したのだ。
政宗は手渡された紙袋に文字通り顔を突っ込み、くんくんと臭うと、what? これはなんだ、と聞いてくる。
それは、政宗殿の履物ですぞ、と幸村が言うと、顰めっ面になりNo! と言ってつき返してこようとしたが、スニーカーではないので、と言い、どうぞ開けてみては下さらんか、と頼めば、しょうがねぇな、と呟いて政宗は紙袋を逆さにしたのだ。
ごろん、と庭に落ちたそれは。
目にも鮮やかな、真夏の空を写し取ったような真っ青なサンダル。
ビーチサンダルであった。
真っ青なビーチサンダルをしげしげと眺めた政宗は、しゃがみこみ、手に持って、再びくんくんとして、くさいと一言言い、ゴムでできてますからな、と幸村が笑う。
それならば、政宗殿の足を窮屈にせずに履けますぞ、と言うと、ぱっと顔を上げた政宗がreally? と聞いてくるので、まことですと答え、自分も揃いで買った赤いビーチサンダルを持ってくる。
庭先にぺたん、と置き、自分の足を突っ込んで見せて、こうやって履くのですよ、と言えば、政宗も見よう見真似で足を入れる。
す、と指先が通り抜け、閉塞感はなく、柔らかなタオル地でできた鼻緒は心地よく、素足の感覚が足の裏以外全てに残る。
Oh! と声をあげ、great! と感嘆した政宗は、もう片方の足も突っ込み、ぺたぺたぺたと庭先を歩き回る。
気に入って戴けましたか、と幸村が問えば、政宗はyes! と八重歯を除かせ一つ目をきゅ、と細める。
その顔を見て、幸村は買ってきた甲斐があったな、と一人満足するのだった――。
これで、政宗殿と出かけることができる、と、幸村は思った。
政宗に仄めかした様な、政宗を一人で縄張り探検に出かけさせる、などと言う事は思いも及ばずに。
唯々、幸村は自分が政宗と一緒にいたいのだ。
政宗が出かけるとき、自分が隣にいたかったのだ――。
十一
漸く梅雨も明け、夏本番となった頃、庭先で裸足で遊んでいた政宗に、幸村は政宗殿と言って、紙袋を渡した。
初めてスニーカーに足を通した時以来、政宗はあの閉塞感だとかざらりとした感じが苦手で、幸村が何度練習致しましょう、と誘っても、嫌だ、の一点張りで、それでは政宗殿の縄張り探検もできなくなりますぞ、と言えば、もう、いい、と言い出し、俺は、この家の猫になったんだし、と少しだけ悲しそうな顔をして見せた。
幸村は、うちで暮らすのはお嫌でしたか、と政宗の悲しげな顔を見たときに感じた動揺を隠しながら聞いた。
そうすると政宗は、一瞬考えたように首を傾げ、俺はこの家嫌いじゃないから、この家に住むのは平気、と言い、けれど野良猫だったときみたいに外で遊べないのはつまらない、と言い出した。
それを聞いて、幸村はこれほどまでに、と自分でも驚くほど安心して、ならば、その庭先でなら裸足で遊んでもよいですよ、と伝え、遊んだあとに足を拭いてくれれば、と付け足した。
政宗はそれはそれは煌びやかな笑顔を見せてOK.分かった、と言うなり、外に飛び出たのだ。
久しぶりに外に出て、目一杯土の匂いを嗅いだり、虫を追いかけたりして政宗は泥だらけになって遊んだ。
彼は土の匂いを嗅ぐ、と言う行為を人間が鼻先だけで感じるようなやり方ではなく、実際に四つ這いになって顔を近づけるので、まさに、文字通り、泥だらけになるのだ。
置いてある物干しや、いつの頃にか幸村が壊してしまって、置きっぱなしにしてしまっている勉強机の残骸などに、額を擦り付けては、俺のもの、と主張をするようにくんくん、と匂いを嗅ぎ、そんなものにお顔を寄せられては、と思う幸村の気持ちなどお構いなしに、あれも、これも、と顔を寄せては匂い付けをして、再び顔を寄せて確認するようにくんくん、とするのだ。
その仕草はあまりにも可愛らしく、幸村は、ああ、これで少しでも政宗殿の気が紛れるのなら、外に出してあげてよかった、と思った。
けれど、そんな日々も狭いアパートの庭先のこと。すぐに政宗は全てを自分の縄張りにしてしまい、時々土から顔を出す虫や小さい生き物相手に格闘したりしつつも、庭先の、ブロック塀をすいすいと我が物顔で歩く猫を見つめることが増えていった。
ああ、やはり、このような狭い場所では満足できないのだな、とその様子を何度となく見ていた幸村は、政宗殿に自由にして欲しいが、けれど、このままの状態ではこの庭先より先の世界にお連れするにはあまりにも、と内なる葛藤を抱えたのだった。
そして、幾日か逡巡し、政宗に紙袋を渡したのだ。
政宗は手渡された紙袋に文字通り顔を突っ込み、くんくんと臭うと、what? これはなんだ、と聞いてくる。
それは、政宗殿の履物ですぞ、と幸村が言うと、顰めっ面になりNo! と言ってつき返してこようとしたが、スニーカーではないので、と言い、どうぞ開けてみては下さらんか、と頼めば、しょうがねぇな、と呟いて政宗は紙袋を逆さにしたのだ。
ごろん、と庭に落ちたそれは。
目にも鮮やかな、真夏の空を写し取ったような真っ青なサンダル。
ビーチサンダルであった。
真っ青なビーチサンダルをしげしげと眺めた政宗は、しゃがみこみ、手に持って、再びくんくんとして、くさいと一言言い、ゴムでできてますからな、と幸村が笑う。
それならば、政宗殿の足を窮屈にせずに履けますぞ、と言うと、ぱっと顔を上げた政宗がreally? と聞いてくるので、まことですと答え、自分も揃いで買った赤いビーチサンダルを持ってくる。
庭先にぺたん、と置き、自分の足を突っ込んで見せて、こうやって履くのですよ、と言えば、政宗も見よう見真似で足を入れる。
す、と指先が通り抜け、閉塞感はなく、柔らかなタオル地でできた鼻緒は心地よく、素足の感覚が足の裏以外全てに残る。
Oh! と声をあげ、great! と感嘆した政宗は、もう片方の足も突っ込み、ぺたぺたぺたと庭先を歩き回る。
気に入って戴けましたか、と幸村が問えば、政宗はyes! と八重歯を除かせ一つ目をきゅ、と細める。
その顔を見て、幸村は買ってきた甲斐があったな、と一人満足するのだった――。
これで、政宗殿と出かけることができる、と、幸村は思った。
政宗に仄めかした様な、政宗を一人で縄張り探検に出かけさせる、などと言う事は思いも及ばずに。
唯々、幸村は自分が政宗と一緒にいたいのだ。
政宗が出かけるとき、自分が隣にいたかったのだ――。
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