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『野良猫に原チャリを占拠されちゃった』





 寝室から外に出て、割合と日当たりのよい物干しにタオルケットやシーツを干していく。
 ベッドのは、政宗が寝ているから、また今度だな、と思って、それでもこれだけ洗ったのだ、幾分すっきりと今夜は眠れるだろうと思い、自己満足にふける。
 暫く縁側、と言うか、窓のふちに腰掛けてはたはたと風にはためく洗濯物たちを眺めていると、No! と慌てた声が聞こえて、幸村は振り向く。
 政宗殿起きたのか、と声をかければ、うにゃうにゃとその場で伸びたり縮んだりして、あれがねえ! と酷く不安げな顔で言うではないか。
 いつもなら、気怠げにしながらも、morning. と一言あるのに。
 あれってなんだ、と思うが、政宗は色んなものの名前を今、覚えている最中なので、咄嗟のときは、あれとか、これとか、そういう言い回しも多いのだ。
 さして広くもないベッドの上をぐるぐると探し回ったと思うと、ベッドの下まで顔を突っ込んでみたりして、よほど大切なものらしい。はて、そんなものこの家にあっただろうか、と思い、幸村もサンダルを脱いで部屋に入り一緒に探す。
 何かお探し物ですか、と聞けば、いつも一緒に寝てるやつだよ、あれがねえ、とベッドの下から頭隠して尻隠さず状態の政宗が言い募る。
 あ、それは、と少しばつの悪い思いになりながら、政宗殿、タオルケットなら、洗濯したのですが、と伝える。
 せんたく? とずり這いでベッドの下から出てきた政宗は、頭に埃を乗せてきた。
 おっと、今度の休みには掃除もしないと拙いな、と内心で呟きながら幸村は最近やっと極まれに触れさせてくれるようになった政宗の頭に手を伸ばす。
 政宗は一瞬びく、と肩と首を竦めるが、頭にゴミが、と言いながら、本当にゴミを取って見せた幸村に、ほっとする。
 やはり、未だに頭は苦手なのだな、と思うものの、ここまで慣れてくれたのだ、これ以上望んでは罰が当たるだろう、とも思う。これほど酷い傷を負わされ、人間たちから冷たくされてきたのだ。頭と言う場所は無防備で守れない場所なのだから、余計に恐ろしいだろう、と。
 取った埃をゴミ箱に捨てながら、幸村はほら、あそこに、と窓の外を指差す。
 そこには政宗の(いや、本当は幸村のだが)タオルケットと幸村が床で使っているタオルケットと、気持ち程度で敷いていたシーツと、幸村が政宗に貸している二人分の極わずかな衣類がはためいていた。
 一つ目を丸くした政宗は、裸足で庭先(と言う程広くはないが)に出ると自分の(しつこいようだが本当は幸村の)タオルケットに抱きついて引き摺り下ろしたのだ。
 ええ、そんな、と幸村は思ったが、この天気であらかた乾いていると思われるし、まぁいいか、と思う。が、まさか、あれをあんなに大事にしているとは思わなかったな、と反省の念も見せる。
 庭先で引き摺り下ろしたタオルケットに己の額を擦り付け、すりすりとしている政宗を見ると、ああ、今度は洗ってもよいか、聞いてからにしよう、と思っていたのに、物凄い剣幕で勝手に洗うんじゃねえよ! と言われて、余計に落ち込んだものだ、と、幸村はテレビの前でタオルケットに丸くなっている政宗を見て思っていた。

 あの時は、酷かったな、と笑いが込み上げる。
 ずるずるとタオルケットを引き摺って戻ってきた政宗に、ぺちんと頭を叩かれ、ばかやろう! と言われ、反省しております、と謝ったのに、そのあと晩飯になるまで口を利いてもらえなかったのだ。
 課題を済ませた時には、こんなに幸せな休日はないな、なんて惚けた事を思っていたのに、その日の午後一杯はとても不幸せな休日になって、幸村は本当に、しょんぼりと過ごした。
 今では笑い話としてこうして思い出せるが、その時の幸村は本当にがっかりとしたのだ。
 そんな事があって以来、幸村は政宗のタオルケットには手を出さない。よほど本人がもう洗う、と言い出すまでは、と思っているのだが、彼は一向に言い出さないし、いつもどこでも家の中のあらゆる場所に持って歩くから、その姿は可愛らしくとも、幸村にしてみれば洗わなくては拙いのじゃないか、とも思うのだ。
 けれど、あれに、そこまで安心しきっているのならば。
 多少色がくすんでいようが、何やら訳の分からないしみがついていようが、大目に見よう、と思ってしまうのは、それは……。
 それは……?
 それは、なぜだ?
 なぜ、俺はそこまで政宗殿に甘いのか。
 なぜ、時々罵倒や暴力を振るわれても平気でいられるのか。
 なぜ、それでも俺は政宗殿の仕草が愛くるしく見えるのか。
 なぜ、あの八重歯が覗き一つ目がきゅ、と細まる顔を見ると幸せな気持ちになるのか。
 なぜ、背中を撫でたときに鳴らす、んんん、と言う声に、心臓が飛び跳ねるのか。
 なぜ、なぜ、なぜ――。

 なぜ、俺は、政宗殿が、このまま人の姿のままならばいいのに、と思うのか――。


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