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『野良猫に原チャリを占拠されちゃった』
九
彼は、政宗は、当初は家の中で幸村の言いつけを守り、暮らしていたが、元々野良猫であったため、それも最初のうちだけで、暫くすると外に出たいと言い出した。
幸村は少し考えたが、アパートの周辺ぐらいなら散歩してもいいですよ、と言って、それなら政宗殿に履物が必要ですな、と自分の持っているスニーカーの中でも比較的綺麗だと思われるものを一足出した。それは、薄汚れていたが、元の色は美しい赤い色だったと思わせるもので、政宗は、really? と聞いてきて嬉しそうにその靴に足を突っ込む。
幸村が学校だとかバイトだとか言って出かけるたびにじっと玄関先で見てきたのだ。
あれは、なんだろう、と思って。
家の中では脱ぐくせに、外に行くときには履く。
猫であるため裸足が当たり前の政宗にとって、それは不思議な人間の習性の一つで、ずっと気になっていたのだ。
だが、いざ足を突っ込んでみると、ざらっとした感触に、急に足に感じる閉塞感。え、なんだこれ、と思って足を引き抜く。嫌だ、と思ったのが顔に表れたのか、幸村がくすり、と笑う。
政宗殿にはまずスニーカーに慣れる訓練が必要ですな、と言って、幸村は宥めるように背中を撫でる。
政宗は背中を撫でられるのはとても好きで、意識していないのにんんん、と思わず喉が鳴ってしまうような声を出してしまうのだ。
その声は、大分前から幸村を動揺させていて、けれど、政宗のそれは、猫の習性として無意識にやってしまうものなのだ、と自分の中に湧き上がる不思議な動揺を意識しないようにしていた。
その靴が履けるようになったら、一緒に買い物も行けますぞ、と言って、政宗の生来の好奇心の強さを刺激して、鼓舞するも、一度足に感じてしまった気持ち悪さはなかなか拭いきれないようで、政宗は座り込んでしきりに足を手で触ってはその感触を振り払おうとしていた。
玄関先で何をやっているんだ、と思うものの、場所など基本的に気にしない政宗と、政宗と一緒にいられることに、こそばゆいような、柔らかな思いになってきている幸村は、政宗のいる場所ならばどこでもよくて。
足の気持ち悪さが取れてきた政宗は、靴は、今度な、と気の強さから負けを認めたくなさそうな口調で言うと、初めてやってきた晩にぐるぐるにして巻きついていたタオルケットを掴み上げて、ずるずる引き摺ったままテレビの前に座った。
あのタオルケットは絶対に手離さぬな、と幸村は内心とても微笑ましく思う。
政宗はそれには無自覚のようであったのだが――。
ある日、とても晴れていて、授業もなく、バイトもない、と言う完全な休日に、幸村はシーツからタオルケットから、バスタオルから、みんな洗濯したのだ。
丁度、名前をつけた時期ぐらいから、急激に政宗の態度が軟化してきて、今までは絶対に腹を隠すように丸くなって眠り、幸村がトイレや水を飲みに夜中に起きたりすると、一緒になって起きたりしていたのが、緩んだ態度を見せ始めたのだ。
ベッドに眠るときには丸くなって最初は腹を隠して眠るものの、幸村が政宗殿、と背中を撫でていればすうすうと寝息をたて、そのうち体が緩み、手足を伸ばして寝るようになったのだ。
その変化に幸村は驚いたし、こんなに心安らかになってくれるとは、と感動してうち震えもした。
それ以来、生来の傍若無人な性格はそのままに、次第に警戒心と言うもののみを取り払っていった政宗は、幸村の猫と言うよりは、幸村の王様のようになったのだ。
そして、その洗濯をした日はやってくる。
最近の暑さのせいか、すっかり家猫のようになってしまった政宗は、だらしなくベッドでのびきっていて、その様子を見た幸村は、ベッドの下に落ちているタオルケットを、寒くもないしいいか、と自分が床で使っていたタオルケットともども拾い上げ、一緒に洗った。
洗濯機を回しながら幸村は課題を済ませ、ベッドに伸びきっている政宗を見遣り、なんだか、ここ数年で、一番幸せな休日のような気がしていた。
自分が、こんな気持ちになるなんて。
柔らかい鳥の羽のようなものが、ふわり、ふわり、と自分の中に積もっていくのだ。
それは決して不快ではなく、寧ろ心地よいとさえ思えるもので、幸村は不思議に思いつつも、政宗殿といると、この気持ちが、益々膨らむ、と感じて、俺は、こんな気持ちを抱いたことなど、今までなかったのに、と何やら頬が熱くなるような気がして、ピーピーと洗濯機が洗い終わったぞ、と知らせる音に慌てて席を立ったのだった――。
九
彼は、政宗は、当初は家の中で幸村の言いつけを守り、暮らしていたが、元々野良猫であったため、それも最初のうちだけで、暫くすると外に出たいと言い出した。
幸村は少し考えたが、アパートの周辺ぐらいなら散歩してもいいですよ、と言って、それなら政宗殿に履物が必要ですな、と自分の持っているスニーカーの中でも比較的綺麗だと思われるものを一足出した。それは、薄汚れていたが、元の色は美しい赤い色だったと思わせるもので、政宗は、really? と聞いてきて嬉しそうにその靴に足を突っ込む。
幸村が学校だとかバイトだとか言って出かけるたびにじっと玄関先で見てきたのだ。
あれは、なんだろう、と思って。
家の中では脱ぐくせに、外に行くときには履く。
猫であるため裸足が当たり前の政宗にとって、それは不思議な人間の習性の一つで、ずっと気になっていたのだ。
だが、いざ足を突っ込んでみると、ざらっとした感触に、急に足に感じる閉塞感。え、なんだこれ、と思って足を引き抜く。嫌だ、と思ったのが顔に表れたのか、幸村がくすり、と笑う。
政宗殿にはまずスニーカーに慣れる訓練が必要ですな、と言って、幸村は宥めるように背中を撫でる。
政宗は背中を撫でられるのはとても好きで、意識していないのにんんん、と思わず喉が鳴ってしまうような声を出してしまうのだ。
その声は、大分前から幸村を動揺させていて、けれど、政宗のそれは、猫の習性として無意識にやってしまうものなのだ、と自分の中に湧き上がる不思議な動揺を意識しないようにしていた。
その靴が履けるようになったら、一緒に買い物も行けますぞ、と言って、政宗の生来の好奇心の強さを刺激して、鼓舞するも、一度足に感じてしまった気持ち悪さはなかなか拭いきれないようで、政宗は座り込んでしきりに足を手で触ってはその感触を振り払おうとしていた。
玄関先で何をやっているんだ、と思うものの、場所など基本的に気にしない政宗と、政宗と一緒にいられることに、こそばゆいような、柔らかな思いになってきている幸村は、政宗のいる場所ならばどこでもよくて。
足の気持ち悪さが取れてきた政宗は、靴は、今度な、と気の強さから負けを認めたくなさそうな口調で言うと、初めてやってきた晩にぐるぐるにして巻きついていたタオルケットを掴み上げて、ずるずる引き摺ったままテレビの前に座った。
あのタオルケットは絶対に手離さぬな、と幸村は内心とても微笑ましく思う。
政宗はそれには無自覚のようであったのだが――。
ある日、とても晴れていて、授業もなく、バイトもない、と言う完全な休日に、幸村はシーツからタオルケットから、バスタオルから、みんな洗濯したのだ。
丁度、名前をつけた時期ぐらいから、急激に政宗の態度が軟化してきて、今までは絶対に腹を隠すように丸くなって眠り、幸村がトイレや水を飲みに夜中に起きたりすると、一緒になって起きたりしていたのが、緩んだ態度を見せ始めたのだ。
ベッドに眠るときには丸くなって最初は腹を隠して眠るものの、幸村が政宗殿、と背中を撫でていればすうすうと寝息をたて、そのうち体が緩み、手足を伸ばして寝るようになったのだ。
その変化に幸村は驚いたし、こんなに心安らかになってくれるとは、と感動してうち震えもした。
それ以来、生来の傍若無人な性格はそのままに、次第に警戒心と言うもののみを取り払っていった政宗は、幸村の猫と言うよりは、幸村の王様のようになったのだ。
そして、その洗濯をした日はやってくる。
最近の暑さのせいか、すっかり家猫のようになってしまった政宗は、だらしなくベッドでのびきっていて、その様子を見た幸村は、ベッドの下に落ちているタオルケットを、寒くもないしいいか、と自分が床で使っていたタオルケットともども拾い上げ、一緒に洗った。
洗濯機を回しながら幸村は課題を済ませ、ベッドに伸びきっている政宗を見遣り、なんだか、ここ数年で、一番幸せな休日のような気がしていた。
自分が、こんな気持ちになるなんて。
柔らかい鳥の羽のようなものが、ふわり、ふわり、と自分の中に積もっていくのだ。
それは決して不快ではなく、寧ろ心地よいとさえ思えるもので、幸村は不思議に思いつつも、政宗殿といると、この気持ちが、益々膨らむ、と感じて、俺は、こんな気持ちを抱いたことなど、今までなかったのに、と何やら頬が熱くなるような気がして、ピーピーと洗濯機が洗い終わったぞ、と知らせる音に慌てて席を立ったのだった――。
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