未熟な病気

即興小話
未完だったのですが一応完結させました。
それ以外は基本的にいじってません。

ジャンル:戦国BASARA
お題:未熟な病気
制限時間:1時間



 奥州と上田の行き来をお互いにするようにってどれくらいの月日が経っただろうか。農繁期はさすがにお互いに行き来は避けるものの、夏の暑さにも、冬の寒さにも負けず、雨が降ろうが槍が降ろうがお互いに時間の許す限り理由をこじつけては顔を合わせて、手合わせと言う名の一騎打ちに勤しんでいた。
 それはまるで思い初めた相手との逢瀬のように――。


 奥州筆頭であり独眼竜などと渾名される男と、日の本一の兵、甲斐の若虎と異名を取る男は、お互いの聡明な部下には黙っていても筒抜けだったけれど、それでも、本人たちは人知れずと思っているようで、顔を合わせれば鼻先の触れるような勢いでがっちりと組み合い、刃を交え、片や天に雷鳴轟かせ、片や地を焼き払い、お互いの持つ爪と牙とをこれでもかと相手に刻みつけ、打ち込み、傷を付け合っていた。
 顔を合わせた瞬間から笑み溢れるのは甲斐の若虎で、会うなり手合わせの相手である独眼竜の額に輝く三日月に向かい、足音も軽く駆け出すのだ。その操る火炎の如く真っ赤な戦装束の翻るのも軽やかに、殊更嬉しげに、会いたいと常に願う相手の名を呼ばう。
「政宗殿!」
 そうして、呼ばれた方はチッと小さく舌打ちしたものの、それでも、その厳つい眼帯に隠れていない方の瞳は機嫌よさ気に細められて、相変わらずCoolじゃねェな、などと悪態を零しつつも、その呼ばれた声音の大きさに倣うようにして、己の轟かせる雷光のような蒼い戦装束の裾を揺らめかせる。
「よう。真田幸村」
 政宗殿と呼ばれた独眼竜が意地悪そうに形の良い唇を歪ませれば、本日もご機嫌麗しゅう、と真田幸村と呼ばれた男は二槍を抱えて、懐いた犬の子が主人に駆け寄るように、走ってくる。
 はあ、と少し息を弾ませて草いきれの中を鮮やかな紅が満面の笑みで近寄ってきて、己の戦装束の裾をはためかせながら鷹揚に腕組みなどしている蒼の口元がさらに深く笑みを象る。
「政宗殿! お会いしとうござった……!」
 月日がそう長くも空いた気はしなかったが、余りに嬉しそうにそう告げた幸村に、これもまた飼い犬を褒めてやるようにして、政宗はそうか、と一つ頷いた。
 近頃は会えば当然手合わせはするが、一時期のように顔を見た瞬間にお互いに真田幸村! 伊達政宗! と叫び合い、いきなり得物を抜きあっていた頃よりは僅かに余裕が出てきて、会えば何となく面映ゆいような気持ちになりながらも、こうして挨拶染みたこともするようになった。
 どうしてこうなったのかと聞かれれば、恐らく原因は幸村の方にあるのだろう。
 幾度か戦場で相見え、その後共闘したりと敵にも味方にもなった挙句、戦場以外の政宗を見て知って以降、元来の人懐こさのせいなのか、唐突に伊達政宗だの、貴殿だの、独眼竜だのと凡そ一通り他人行儀だった呼び方が、そう呼ばれた本人ですら無意識のうちに返事をしてしまうような自然さで、政宗殿と、すっかり親しい者を呼ぶような呼び方をしてきたのだから。
 それ以降気がついた時には既に訂正するにも突っ込むにも時機悪く、政宗にしてみれば本意も不本意もないままに、そう呼ばれることに慣れてしまった上に、呼んだ本人なぞは、気付いてもいないような有り様で、すっかりうっかりあの威勢の良い虎の子の調子に嵌ってしまっていたのだ。
 それ以来会えば何だか本当に嬉しそうに綺羅々しい笑顔で駆け寄ってきては幸村に、政宗殿政宗殿と呼ばれ続けていれば、政宗自身もそうかそんなに俺に会えて嬉しいのか、初い奴めなどと勘違いも入り混じり、それじゃあいきなり仕合うような真似はせず、挨拶ぐらいはしてやるかと絆されてしまって、この結果になっているのだ。
 そうしているうちに、この度何度目なのかは忘れてしまったが、今回のその前の前の前辺りから、これは城下で近頃旨いと評判でしてなどと言いながら団子だの団子だの団子だのと、持ってきてはいつの間にやら茶まで出てくる始末で、政宗は呆気に取られたものだった。
 会えばあんなに仕合いたくて堪らなさそうにしていた癖に、手合わせの機会が重なってくると、妙に慣れてきたのか、懐かれたのか、そんな風にとてもじゃないけれどこれから雷など落とせる雰囲気でもなくなってしまうことが増えていた。
 それで、毎回団子じゃ飽きたと、しかも城下自慢なら俺の方が凄ェんだからな、と無駄に高いprideが顔を覗かせて、しかも旨いものならもっと俺の方が、アンタに旨いモン食わせてやれると、どうしてこんな気持ちが湧いてきてしまったのか、豪語した本人が言った後に頬染める結果になるようなことまで口走ってしまって、やけに期待を込めたあの円な瞳でそれは食べてみたいものですなあ、と朗らかに笑われてしまって、引くに引けなくなった結果、アンタの国許じゃこれはねェだろ、とずんだ餅を持って行った時、これは政宗殿のお手製かと聞かれて、そうだと口走って、後悔先に立たずだったのだ。
 斯様なことまでなされるのかと、大いに感動したらしい幸村が、政宗殿はお優しいな、やはり某の見込んだお方だ、某の目に狂いはなかった、これからも政宗殿とこうしてお会いしたい、いやもっと今まで以上に度々お会いしとうござる、実は某ここ幾度か顔を合わせているうちに、今度は会えない期間が苦しくなり申して、切ないのでござると、何やら滔々と語られて、そうして、最後にこう締め括ったのだ。

「政宗殿、お慕い申し上げておりまする」

 今日の政宗の積み荷の中身は毎回甘いモンじゃ飽きるだろ、どうせなら腹に溜まるモンでも食っとけと、朝も早くから仕込んだ手製の弁当だった。
「政宗殿の手製の弁当まで頂けるとは、某は大変な果報者でござるな」
 その笑顔に気圧されて、政宗は言葉もなかった。青天の霹靂とはまさにこのことか、と。
 それでもなおも言い募る幸村の言葉に、さらに政宗は言葉を無くすのだった――。

「朝も早くから、某のために、こんなにまでして下さるとは。某……恋の病に患った甲斐があり申した……!」
 会心の笑顔のその一言に、ああなるほど、これはそういう病だったのかと。
 仕合いの日取りを決める文を返すとき、妙に心が暖かくなるのは、こういうことだったのかと。
 音を失った己の口元が歪に形を作る。
「何言ってやがる」
 そう言うのが精一杯で、政宗は己の頬に刃を交える時とは別の意味を持って血が上るのを感じる。
 この綺羅々しい丸い瞳に嬉しそうに微笑みかけられると、得も言われぬ気持ちが湧き上がるのだ。
 どんな熱病よりも質の悪い病にかかったようで、政宗はほとほと自分に呆れ返る。
 この素直で暑苦しい男にこんな風にされるのが案外嫌ではないのだから。
 そうして、思うのだ。
 ――まだまだ俺もとんだ未熟者だな、と。



どっとはらい

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