7
2014 伊達誕
予感 7
「では、失礼致します。何かあればすぐにお呼び下さい」
小十郎の静かな声と共に、彼の日頃の癖ですっと障子を閉められて、僅かに室の中が薄暗くなる。これから日は中天に差し掛かる頃だが、夏の日差しは明るいが、その位置は高く、室の奥まで入って来ないからだ。
腹の膨れた弁丸を一度膝から下ろして、梵天丸は障子をもう一度開けた。弁丸がやったようにすぱんと開け放つのではなく、風が通り抜ける程度に。
「これでちっとはましだろ」
じめじめとした梅雨と違い、盛夏に風さえ吹けば、それなりに涼は得られる。梵天丸は、はしゃぎ通しの弁丸の不思議な形に栗色の癖毛をちょろっと伸ばしてある襟足の辺りに、先程から汗染みを見つけていたのだ。
最も、最初からあれだけ障子を開け放った状態でも、これだけ汗をかくのだから、今更この程度の風通しをした所で変わりはしないだろうが。
それでも陽が中天を過ぎ、午後になれば幾らか風は涼味を増し、過ごしやすくなるだろうと梵天丸は思った。
いつまでも自分にへばり付いていたせいで、弁丸が汗をかいているのだろうとも分かっていたので、今度は少し離れて座れば、ああ! と頓狂な声を上げて弁丸がむすっと膨れる。
「こっち、梵天丸殿、ここ」
ぺしぺしと自分の隣を叩く弁丸にやれやれと思いながらも、「あんま近くにいると暑いだろ」と、梵天丸は言う。けれど、全くもって暑いなどと自覚のない弁丸は納得がいかない。何せ弁丸は常日頃から暑くて熱いのだ。上田といえばこの奥州程ではないにしても、雪国である。そこで火鉢要らずとまで言われる程、弁丸はとにかく体温が高かった。
「しょれがし暑くはごじゃらん」
ぷんぷんと膨れっ面で梵天丸を呼び寄せることを早々に諦めた弁丸は、とっとっとと然程の距離でもない床板を踏み鳴らして、自ら梵天丸の傍に寄った。
「あー、確かに。お前ちっと熱いよな」
「子どもの体温だからかと思ってたけど、何だお前、ちっと違うな」
近寄ってきた弁丸がぎゅうと今度は断りも入れずに抱きついてくるのを、片腕で抱き返してやりながら梵天丸は独り言のように呟いた。
「うむ。しょれがし、剣術の稽古では炎を操りましゅる」
梵天丸に抱き返されて嬉しいのか、にぱっと笑顔を向けてそう答えた弁丸に、ああそうか、と梵天丸は頷いた。
雷を纏って稽古をする己とは、なるほど、暑さの感じ方も違うのか、と。
梵天丸は元々体温が低いのか、どうしたってこの暑さは苦手なのだが、しかし何故だか、こうして弁丸にくっついていられるのは、それ程嫌ではないのだ。確かに暑いのに。けれども、厭うような暑さではなくて。
「でも、暑ィんだけどな」
自分で下した判断に、は、と鼻白んで笑えば、弁丸がもぞもぞと梵天丸の首に腕を回しながらその首の持ち主の太腿の辺りに座り込んでくる。
「んん~」
つい今しがたまでのはきはきとした物言いではなく、明らかに不明瞭な声音で唸ると、すりっと梵天丸の首元辺りに弁丸の丸い額が擦り寄ってきて、そして、そのまま、くーと小さな寝息が聞こえた。
「え、ちょ、おい、」
まるで絡繰りの螺子が切れるように、急にぷっつりと動かなくなった弁丸に、可笑しいような腹立たしいような。それでもやっぱり可笑しさが込み上げてきて。梵天丸は、ふふと、声に出さずに笑った。
「子どもってこんなかァ?」
呆れ半分溜め息混じりに梵天丸が呟いた声は、拾う者もなく。ただ一陣の風が吸い上げて攫っていったのだった――。
「では、失礼致します。何かあればすぐにお呼び下さい」
小十郎の静かな声と共に、彼の日頃の癖ですっと障子を閉められて、僅かに室の中が薄暗くなる。これから日は中天に差し掛かる頃だが、夏の日差しは明るいが、その位置は高く、室の奥まで入って来ないからだ。
腹の膨れた弁丸を一度膝から下ろして、梵天丸は障子をもう一度開けた。弁丸がやったようにすぱんと開け放つのではなく、風が通り抜ける程度に。
「これでちっとはましだろ」
じめじめとした梅雨と違い、盛夏に風さえ吹けば、それなりに涼は得られる。梵天丸は、はしゃぎ通しの弁丸の不思議な形に栗色の癖毛をちょろっと伸ばしてある襟足の辺りに、先程から汗染みを見つけていたのだ。
最も、最初からあれだけ障子を開け放った状態でも、これだけ汗をかくのだから、今更この程度の風通しをした所で変わりはしないだろうが。
それでも陽が中天を過ぎ、午後になれば幾らか風は涼味を増し、過ごしやすくなるだろうと梵天丸は思った。
いつまでも自分にへばり付いていたせいで、弁丸が汗をかいているのだろうとも分かっていたので、今度は少し離れて座れば、ああ! と頓狂な声を上げて弁丸がむすっと膨れる。
「こっち、梵天丸殿、ここ」
ぺしぺしと自分の隣を叩く弁丸にやれやれと思いながらも、「あんま近くにいると暑いだろ」と、梵天丸は言う。けれど、全くもって暑いなどと自覚のない弁丸は納得がいかない。何せ弁丸は常日頃から暑くて熱いのだ。上田といえばこの奥州程ではないにしても、雪国である。そこで火鉢要らずとまで言われる程、弁丸はとにかく体温が高かった。
「しょれがし暑くはごじゃらん」
ぷんぷんと膨れっ面で梵天丸を呼び寄せることを早々に諦めた弁丸は、とっとっとと然程の距離でもない床板を踏み鳴らして、自ら梵天丸の傍に寄った。
「あー、確かに。お前ちっと熱いよな」
「子どもの体温だからかと思ってたけど、何だお前、ちっと違うな」
近寄ってきた弁丸がぎゅうと今度は断りも入れずに抱きついてくるのを、片腕で抱き返してやりながら梵天丸は独り言のように呟いた。
「うむ。しょれがし、剣術の稽古では炎を操りましゅる」
梵天丸に抱き返されて嬉しいのか、にぱっと笑顔を向けてそう答えた弁丸に、ああそうか、と梵天丸は頷いた。
雷を纏って稽古をする己とは、なるほど、暑さの感じ方も違うのか、と。
梵天丸は元々体温が低いのか、どうしたってこの暑さは苦手なのだが、しかし何故だか、こうして弁丸にくっついていられるのは、それ程嫌ではないのだ。確かに暑いのに。けれども、厭うような暑さではなくて。
「でも、暑ィんだけどな」
自分で下した判断に、は、と鼻白んで笑えば、弁丸がもぞもぞと梵天丸の首に腕を回しながらその首の持ち主の太腿の辺りに座り込んでくる。
「んん~」
つい今しがたまでのはきはきとした物言いではなく、明らかに不明瞭な声音で唸ると、すりっと梵天丸の首元辺りに弁丸の丸い額が擦り寄ってきて、そして、そのまま、くーと小さな寝息が聞こえた。
「え、ちょ、おい、」
まるで絡繰りの螺子が切れるように、急にぷっつりと動かなくなった弁丸に、可笑しいような腹立たしいような。それでもやっぱり可笑しさが込み上げてきて。梵天丸は、ふふと、声に出さずに笑った。
「子どもってこんなかァ?」
呆れ半分溜め息混じりに梵天丸が呟いた声は、拾う者もなく。ただ一陣の風が吸い上げて攫っていったのだった――。
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