10(了)

2014 伊達誕
予感 10



 そんな弁丸を見て、そうか、と一言放って笑った梵天丸は、じゃあもっと喜ばせてやるぜと、やけに格好いい顔でにやりと笑うと、跳ねて歩く弁丸をぎゅっと抱き上げた。
 ふおおお! と初対面の時に上げたのとそっくりな雄叫びを上げた弁丸がこれ以上ない程に満面の笑みを零した。
 ぎゅうっとその勢いのままに梵天丸の首に腕を絡めれば、今までよりもうんとずっとぐっと美しくて格好よくて頗る可愛らしい顔が間近で。
 弁丸は思わずその頬に頬擦りした。
 すきすきと繰り返しながら。
 それから、どうしても、あの夢が夢ではないようで。
 自分の中に降り積もる“すき”の気持ちの勢いのままに、ちゅうと梵天丸の頬に吸い付けば、ぶわっと音がしそうな程瞬く間に梵天丸の頬が真っ赤になって、それも嬉しくて、「やっぱりあの夢は梵天丸殿でござった」とにぱっと笑えば、テメェ! 二度も俺に何しやがる! と思わぬ事実まで知る結果になった。
 喧々囂々ともきゃっきゃうふふとも取れる遣り取りをしながら、二人で梵天丸の私室に戻れば、あの生真面目な己の傅役とどうにも捉え処のない弁丸の傅役に、何だかすっかり見透かされていると言うか、見抜かれていると言うか、見越されていると言うかで。
 ちゃっかりしっかりきっちりと梵天丸の寝室に薄掛けの布団の一式が二つ、水差しには湯呑みが二つ、おねしょ対策の着替えが一つ、団扇が二つ、一つの蚊帳の中に納まっていて、梵天丸は一人赤面してむすっと唇を尖らせた。
 そんな梵天丸に抱っこされたままの弁丸には、その表情はありありと伝わって。梵天丸の頬に寄せていた己の唇を、ちっとも何にも考えずに当たり前みたいにして、弁丸はそのつんと尖った唇に寄せた。
 だって、真っ赤になってつんと唇を尖らせた表情は余りにも可愛くて、それにそうして突き出した唇は、ほっぺよりもっとずっと、ちゅうとしやすくて。
 けれど、それに過剰過ぎる程過剰に反応したのは梵天丸だった。
 きっ、キッ、Kiss……! 最早自慢の南蛮語も吃る始末で、梵天丸が心密かに目指す武将のあり方である“Cool”とは程遠い有り様だった。
「にゃはー。梵天丸殿のお口はふわふわでぷにぷにでごじゃるなあ」
 そんな梵天丸の動揺など意にも介さず、弁丸はお惚け感満載で、ふに、ふに、と何度も何度も梵天丸の唇に己のそれを寄せた。
 口吻と言うには余りに幼い。ただ、薄い皮膚と皮膚をそっと触れ合わせるだけのそれが、でも。
 梵天丸には泣きそうな程特別で意味のあるものになる。
 時刻を告げる鐘が鳴ったのだ。
 折しも丁度子の刻に。
 あ、と小さく漏らした弁丸が、何をか言わんやと思案顔になる。
「今日でござろう?」
 全く言葉足らずにも程があるけれど、それは的確に梵天丸の急所を貫いていて。
「ああ」
 応えた梵天丸の喉が熱く震える。
 まるでお伽噺の世界のようだと、梵天丸は鼻につんと抜ける痛みを堪えて弁丸を抱え直した。
「梵天丸殿、お誕生日おめでとうごじゃ、ござります、りゅっ」
 言い直したくせに最後の最後で噛みやがったと梵天丸は笑いを堪える。
 むう、と悔しいのか恥ずかしいのか、多分その両方で、弁丸の唇が尖る。
 けれども、それでもけろっとしているのが弁丸の弁丸たる所以だ。この前向きさには何も敵わないと思う。
 その証拠に。
「一番にお祝いできましたぞ!」
 自分の誕生日な訳でもないのに、やけに嬉しそうに弾んだ声音で、にゃはっと笑うのだから。
「そうだな。ありがとよ」
 こんな子ども相手に、自分も子どもで。好きも嫌いもないと思うけれど。けれども、やっぱり、好きな相手からの祝いの言葉は嬉しくて。格別で。
「PresentはFirst Kissだな」
 梵天丸がそう告げれば、ほえ? と、ちんぷんかんぷんだと言いたげな顔で首を傾げる弁丸が可愛くて、愛しくて。
「初めてって事だ」
 と、簡潔に梵天丸が伝えれば、そうかと納得顔のしたり顔で、弁丸がまたもやとんでもない事を言い出した。
「梵天丸殿は、某のお嫁さんになったのでござろう?」
 こんな時ばかり流暢に喋りやがってとか、おい何で俺が嫁なんだとか、臍を噛む思いでぴかぴかと輝く笑顔の弁丸を見れば、どこで知ったのか教わったのか、好きな人としか、ちゅってしたらだめなのでごじゃると、真っ赤になって言い募るので。
 色々思うことはあるものの、一先ずと梵天丸が弁丸の言い分を聞けば。
 はじめては、好き合った同士で、それは結婚をするのだと言う。しかも、一生。ずっと。
 笑いそうになりながらも、真剣に言い募る弁丸に、無碍にすることも出来なくて。あーじゃあ今日は結婚しとこうぜと適当に返せば。
 だめだめずっとずっとでござると、再び梵天丸の唇に弁丸は己の唇を擦り付けて、ぱっと離れる。それからもう一度、ちゅっと押し付けて。
「だから、もう、梵天丸殿はしょれがし以外の誰ともちゅうってしたらだめですじょ!」
 めっ! と梵天丸の両頬をあの小さな紅葉の手で挟むように押さえつけ、真剣な吸い込まれそうな大きな瞳で梵天丸の一つ目をしっかりと見つめて付け加えて。
 怒られもしなかった事など露程も疑問に思わず、単純明快な本能のままに、弁丸は梵天丸に己の独占欲を押し付けた。
 その行動と言葉に、梵天丸が一瞬にして動けなくなったのにも気付かずに。
「ならしっかり捕まえとけよ」
 漸く解けた弁丸の呪縛から、震えていると気付かれないようにして絞り出した言葉。本音の、願望の、――言葉。
「うむ! 任せてくだしゃれ! 来年の夏も再来年の夏も、もっともっとずっと先の夏も、全部全部某が、お祝いしてあげましゅぞ!」
 月に照らされてぴかぴかと輝く、弁丸の大きな双眸とその笑顔に、梵天丸は震える胸の中で、ああ、と了承とも諦観とも感嘆とも取れるような吐息を吐いた。
 なんて馬鹿でなんて正直。直情的で飾り気の一つもない。けれど、なんて、こんなにも、無意識で、人を甘やかす子どもなんだろう、と。
 本人は無意識で無自覚で、聞けば馬鹿みたいな言葉なのに。なのに、こんなに泣きたくなる程己の気持ちを揺さぶるのは、どうしてなんだろう。お互いに年端もいかぬ子どもであるにも関わらず、どうして、こう、強烈に己の深い部分を真っ直ぐに抉って来るのだろう。それが、ちっとも痛くないなんて。余りにも、優しすぎて。
 ――本気で“甘やかされている”と思えてしまうのだから。
 弁丸の幼さにかこつけて、自分が年上風を吹かせて甘やかしているつもりでも、もっとずっと根深い奥深い所で、自分は弁丸に甘やかされているのだと、唐突に理解する。
 年下の、未だ赤ん坊と幼子の間を行ったり来たりしているようなこんな子どもに、梵天丸は何故かとても重要な部分で勝てないような気がした。もしかしたら、今のこのあらゆる差や個人間での立ち位置が、いつか逆転する日が来るのかもとすら、思うのだ。
 いや、きっと、それは来るのだろう。
 だって、今既にその予兆はあるのだから。
 こうして弁丸に見つめられて幼い言葉で言い募られて、頬を、唇を、拙い仕草でなぞられるだけで、こんなにも、……自分はあの子どもを意識してしまうのだから。





 だから、それはきっと近い未来に起こるだろう、確信めいた――予感。




Happy Birthday! My Dear Sweetheart MASAMUNE-Dono.



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