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発行日が古いものから並んでいます。
※最新刊が一番上にあります。
サマーナイトディスコティック
サマーナイトディスコティック
夏っぽい感じで初恋モードなサナダテで現パロです。
ぎゅぎゅーっと甘酸っぱさを詰め込んだ…つもりです。
真田さんちも伊達さんちも保護者が結構しゃしゃってます。
っていうか同時進行気味に佐小十要素もあります。
大丈夫かなぁ(不安)。
いつもより(当社比)さらに純情過剰なサナダテde歌モチーフです。
相変わらずグダグダモダモダと真田さんがヘタレです。伊達さんが乙女です。
こちらとこちらでDL通販しています。
以下本文抜粋
サマーナイトディスコティック
+++ +++ +++
梅雨に入り風の匂いが変わる。
高校に入学して初めての夏を迎える事になった伊達政宗は、梅雨の合間の星空を眺めて胸いっぱいに夜の空気を吸い込んだ。
「このまま梅雨が明けちまえばいいのになァ」
独り言ちて、遠くに見える星を見上げる。
この季節に独特の肌に纏わり付くような空気が、暑さの苦手な政宗の眉を一層顰めさせた。
そして、一瞬見えた赤い色の星に、同じクラスの同級生―真田幸村―を思い出す。
この春入学してすぐに学業、スポーツ、全てにおいて自分と張り合ってくる夏の空気よりも暑苦しい男だ。学業の方は大分政宗に分があるが、スポーツに関しては自他共に認める運動神経を誇る政宗でも、敵わないかもしれないと思わせる程に、その同級生は飛び抜けて運動神経が良かった。
政宗はくすっと笑み零し、再び空を見上げた。
「アレでもうちっと落ち着きがあればなァ。顔も悪くねェんだし。勉強は……まァ、アレか……」
初めてのテスト勝負の事を思い出す。
あれは、クラスの学力平均を計るための簡単な小テストだった。
確かに突発ではあったが、何をどう勉強したのか分からないが、よくこの高校に入れたなと思う程の超低空飛行だったのだ。幸村の答案は。
それでも中間テストでは俄に上昇し、何を思ったか、伊達殿のお陰ですな! と勝負を忘れたかのように、礼まで言われたのだ。
それ以来毎朝、政宗を見かけるたびにけたたましい大声でおはようございます! と挨拶から始まり、その日の時間割に体育があれば、今日は負けませんぞ! とにこやかに吼えてくる。
「Ah,アイツ、声もデケェよなァ。煩ェし。言葉遣いも何だかおかしいしよ」
呼び方も伊達殿から政宗殿へと、不自然なくらい自然に移行していた。
これには政宗自身も驚いたのだけれど、初めて政宗殿と呼ばれて、当たり前のようにおうと返事してしまったのだ。
返事をした政宗に驚いていたのは寧ろそう呼んだ本人の方で、一瞬驚いた顔をしながらも、返事をもらえて嬉しそうに見えた。それ以降幸村からは、政宗殿と呼ばれ続けている。
思い出すたびにおかしいと思う。笑えるし、不思議だ。何であんなヤツと同じクラスになっちまったんだろうか、と。
「ま、こんな時間にアイツのこと思い出してる俺もおかしいか」
一頻り星を眺めて、暑苦しい同級生を思い浮かべて――。そして、そんな自分がおかしくて。
Ha! と苦笑い一つ浮かべて政宗は自室へと戻った。
――でも、嫌いじゃねェ。
毎日一生懸命に生きてる感じ。真夏の太陽のように輝く笑顔。まっさらな嘘の吐けない性格。素直を実直に表したような目。純粋で鈍感で、煩いヤツ。
けれど。
「Hmm,……ま、悪くはねェな」
アイツのお陰で毎日退屈せずに済むんだ。
俺の認めたRivalだからな。
まだまだ、もっともっと、楽しませてくれなきゃ困るぜ? You See?
誰にともなく心中で呟くと、ベッドに潜り込む。
薄っすらと笑みさえ浮かべて政宗は床についた。
そして、願うのだ。
早く気付け――、と。
「今頃何をしておいでなのだろうか」
「何々~? 旦那ァ、星なんか眺めちゃって珍しいんじゃないの~?」
政宗が星空を眺めていた頃、丁度時を同じくして、かの同級生、真田幸村も彼にしては珍しく夜空を眺めていた。
その隣で、さも物珍しそうに声をかけてきたのは、幼馴染で同級生で、世話係のような存在の猿飛佐助だった。
佐助の揶揄うようなその声に、多少むっとした様子で幸村は振り向いた。
「何を言うか。俺だって、たまには星ぐらい眺めるわ。そういう佐助こそ、星空など興味ないくせに」
口を尖らせた幸村に文句を言われ、はいはいと往なした佐助は、ニヤニヤと何やら意味深な笑みを浮かべて言い募った。
「どうせまた伊達ちゃんのことでも考えてたんでしょ~?」
その一言に幸村はカッと火がついたように頬を朱に染めて視線を逸らした。
「そんなに狼狽えんなって」
くくく、と喉を震わせて佐助は幸村の頭をぽんぽんと、幼子をあやす様に一撫ですると、はぁ、こりゃ図星かなと、声にならない声で呟いた。
「なぜ分かった?」
動揺の隠しきれない様子の幸村だったが、今まで佐助にそのような事を言われた事もないし、自分からそのような事を話した事もなかったので、不思議に思い尋ねてみる。
「いやー、だってそりゃあ。ねぇ?」
同じようにベランダで手すりに寄りかかっている佐助が、夜空を見上げたまま答えにならない答えを返す。
「何だそれは。それでは答えになっていないではないか」
手すりに背を預ける形に向き直ると、幸村はじろりと横目で佐助を睨みつける。
「怖ぁ。そんな顔すんなって。旦那のいいところはそういう目で人を見ないところなんだし」
おちゃらけて佐助は幸村の追撃を躱そうとするが、そうは問屋が卸さない。
――幸村は答えが欲しかった。
あの日、あの入学式の日、教室で見かけたときから二ヶ月が経とうとしているのだ。
自分でも分からないままに彼とは事あるごとに勝負だと吹っかけて吹っかけられて。
今ではクラスの名物と化してしまっている。
どう足掻いても勉強では彼に敵わないのだが、スポーツでは今のところ、勝ち越していた。それに、彼と勝負をしているときは、得も言われぬ楽しさが満ち溢れる。ただの体育の授業が、その日一日の中で最も輝いて見えるような、そんな楽しみになってしまっているのだ。
自分でも分からない。だが、彼の事を考えると、胸の内が燃えるような、それでいて息苦しいような。でも、嬉しいような。――そんな気持ちになるのだ。
二ヶ月彼と一緒に過ごしてきて、自分でも分からないこの気持ちのままに、それでも夜になれば明日も会いたいと思う。
クラスの平均を計るための突発の小テストで散々な点数を取った自分を馬鹿にするでもなく、次は中間だな! と、エールを送ってくれたのだ。それが嬉しくて普段やろうとも思わない勉強をして。お陰で中間テストは忌まわしい小テストの点数からはそれなりに上昇したし、なんと言っても彼が褒めてくれたのだ。やるじゃねェか、真田幸村、と。
恥ずかしかったが分からない範囲は聞けば教えてもくれたし、それ以来幸村は政宗に親近感さえ感じ、もっと彼の事が知りたいと思い、出来ることならば今までのような好敵手と言う間柄よりもう少し友人らしくと思う気持ちになって。
そして、躊躇ったが苗字ではなく下の名前で呼んだのだ。政宗殿、と。
彼は驚くでもなくいつもと同じようにおうと返してくれて――。
呼んでしまった自分こそが恥ずかしかったし、答えてくれるだろうかと不安もあったりで、一瞬固まってしまったが、政宗殿と呼んで寸分違わず自分に向かって返事をしてくれた事が嬉しくて――。
それ以来、幸村は政宗の事を名前で呼ぶようになった。
彼―政宗殿―は、このような気持ちになった事があるのだろうか。
いつも、自分が挑めばあの挑発的な隻眼を細めてHa! と一笑して流暢な英語で答えるのだ。
Alright.勝負だ! 真田幸村ァ! と。
低めの掠れたような、あの独特の声音で。
その声で答えてもらえるだけで、自分でも分かる程顔が綻ぶのだ。今日も、この方と共に過ごせる、と。
他の誰でもない、己が政宗の時間を共有するのだ、と。
「旦那? だーんな? どうしちゃったの~。考え事?」
この二ヶ月余りの事を思い浮かべているうちに、佐助の話を聞き逃していたらしい。幸村はハッとして、隣の佐助を見遣った。
「や、すまぬ。少し思い出しておった……」
「伊達ちゃんの事だろ? どうせ」
しょうがないな、とでも言うように佐助が小さく溜息を吐いた。
そうだった。
なぜこんな風に政宗の事を思い出してしまったり、学校で一緒に過ごせる事が楽しかったり嬉しかったりするのか。自分自身でも分かり兼ねるのに、佐助には見ているだけで分かってしまうのか。それを聞いていた最中だったと幸村は思い出して。
「そうだ。佐助、なぜお主には分かるのだ。俺自身ですら、なぜこのようになるのか、分からぬのに……」
政宗の名前を呼べる事が。
共に好敵手として過ごせる時間が。
自分を見てあの薄青いような一つ目が三日月の形に細まるのを見ると。
あの声で笑いかけられると。
こんなにも喜ばしいと感じるのはなぜなのか。
そして、なぜ、幸村と、俺の名を呼んでくれないのだろうかと、思うのか。
思いを巡らせながら目だけで佐助に返事を促せば。
「旦那。ブツブツ言ってるの聞こえてる!」
あははと佐助に笑われて、無意識に独り言を言っていた自分に羞恥が募る。
「なぁ、旦那。伊達ちゃんってそんなに魅力的かい?」
笑いの名残で震える声の佐助が尋ねる。
「無論! 初めて見た時から政宗殿は他の同級生とは違って見えたのだ。勝負を挑まずにおられぬ! 佐助とて知っておるだろう。あの足の速さ、身のこなし。学業の優秀さ……。何やら、人気のある様子……」
尻窄みになっていく幸村の言い分も尤もだった。
政宗は上級生や出身中学の後輩までもが、筆頭などと呼んで慕ってくるのだ。あの鋭い隻眼でも隠せぬ美丈夫もあって、女子からも人気がある。
「俺は、俺は……、政宗殿の好敵手として、競り合える相手として。政宗殿を尊敬しているし、その、慕っている……」
「あらゆる面で、未だ政宗殿には及ばぬが、だが、政宗殿は俺の事をライバルだと、仰ってくれたのだ……!」
ふーん、と幸村の言い募るのを黙って聞いていた佐助は気の抜けるような相槌を打つと、じゃあさ、と幸村の顔を覗き込む。
「旦那は、伊達ちゃんのライバルって立場でいいワケだ? 何で、幸村って呼ばれたいワケ?」
幸村が漏らした独り言の言葉尻を拾って聞いてくる佐助は、察しが良すぎて時々幸村を困らせた。
「聞こえておったのか。……そうだな。俺は、政宗殿の好敵手であり続けたい。そのための努力ならば如何様にも致そう。名は……なぜだろうか。いつまで経っても真田、真田幸村、と呼ばれると……その、政宗殿が遠いような、そんな気がするのだ、」
言い難そうに考え考え喋る幸村を、佐助は見透かすような目で見遣る。
「別にいいんじゃないの? ライバルなんでしょ。ライバルって、仲良しこよしで馴れ合うモンじゃないじゃん?」
佐助の言う事は一々正しい。正し過ぎて頭にくる。いや、頭にくると言うよりは……。
「俺は……政宗殿と仲良くしたい、の、か……? 名を呼んではもらいたい。好敵手でもありたい。……それは、不可能なのか?」
ずるずると手すりに背を預けたまましゃがみ込んで、幸村は途方に暮れた。
「なんだよ。旦那、分かってないのか。まぁそうか。さっきから分からぬ、分からぬ、って繰り返してたしねぇ」
柄にもなく遠くを見つめてぼんやりする幸村に、見かねた佐助が助け舟を出す。
あーあ。厄介な事になっちまったなぁ。俺様って損な役回り! 心の声はそっとしまって。
「旦那。もしさ、もしだよ? 伊達ちゃんに好きな人とか、恋人とか、いたらどう思う?」
「?!」
大きな目をさらに見開いて幸村が佐助を振り仰ぐ。驚きすぎて言葉も出ないらしい。
「いやいや、そんな驚く事でもないでしょ。伊達ちゃんああ見えてモテるし。恋人の一人や二人いてもおかしくないでしょ」
いや、二人いたらヤダけどさぁ、と茶化しつつも、素直には教えてあげない自分をちょっと意地悪かな? と極小さな罪悪感を押しやって、幸村に自分で気付け! と願いを込めて佐助は遠回しに言い含める。
「それは! 政宗殿がそのような破廉恥な……!」
目を見開いたまま次第に顔を赤くさせて幸村は破廉恥な! と否定を繰り返す。
「破廉恥って……。旦那だってもう何人か告白とかされてるでしょ? そういう事、伊達ちゃんにだってあってもおかしくないじゃん」
何で知ってるんだ! と叫び出しそうになりながらも、幸村は佐助の言葉に頷く。
「うむ。だが、俺は断っているぞ。今は政宗殿との勝負が優先だ。思いを告げてくる女子には悪いが。……俺は、今そういう事に興味はないしな……」
幸村は真っ赤になりながらも、今の自分の本当の気持ちを佐助に伝える。
「けどさぁ、伊達ちゃんは分からないじゃん? アレだけクール? を装ってるんだ。色恋の一つや二つあるんじゃないの? 旦那と違って器用そうだし。勝負は勝負、恋は恋って分けられそうじゃない?」
隣のクラスのお祭り男のような事を言う佐助に、訝しげな目を向けつつも幸村はうーん、と唸った。
何で佐助はこんな事を言い出したのか。
自分に当て付けたいのか。器用ではない自分に。
何を言いたいのか分からない。
佐助は元々何を考えているか分からない所があるが、自分には誠心誠意接してくれているのだ。それなのに、なぜこんな事を。
そう思いながらも、政宗に恋人などいないと、頑なに否定したい自分がいるのも幸村は気付いていた。疑問を口に上らせながらも、頑なに政宗にはそのような存在などいないと信じたい気持ちが昂ってくる。
「佐助、何故今そのような事を? 俺にどうしろと言うのだ。俺は、俺は! 政宗殿に恋人などいて欲しくは……ない!」
やっと言ったか、とでも言いたげな顔をして佐助はしれっと答えた。
「伊達ちゃん、付き合ってる人なんかいないってさ」
がばっと立ち上がると幸村は佐助の胸倉を掴んだ。
「それは、まことか!」
何で佐助がそんな事を知っているのかとか、俺は何でこんなに嬉しいんだとか、色々思う事はあったが、一先ず一番知りたい事が口を吐いた。
本当に政宗には恋人などいないのか、と。
「本当だって。この前伊達ちゃんが手紙貰っててさ。それ見かけて何となくそういう話になってさ。聞いたら今は付き合うとかそういうの面倒臭いって」
言ってから佐助は、あ、としまったと言うような顔をした。これでは暗に政宗は誰かと付き合うと言う事自体を倦厭していると告げただけなのだから。
けれども、今それを不思議がる者はいなかった。
「政宗殿には付き合うている相手はいないのだな。まことなのだな?」
念を押す幸村に、苦しいよ、と呻きながら佐助はうんうん、と首を縦に振る。
「そうか。強く掴んでしまってすまなかった」
それを聞いた幸村は、ぱっと佐助から手を離すと、素直に謝った。
「旦那のそういう素直なところはいいとこだよね」
ごほごほと咽びながらも佐助は幸村の謝罪に笑顔を見せて。
政宗に恋人がいないと聞いて安心した幸村は、再び葛藤の中にいた。
なぜ政宗に恋人がいない事がこんなに嬉しいのか。
自分と同じだから?
酷く安心して、そのくせ、自分の知らない政宗を知っている佐助を羨ましいとも思った。
「……佐助は、俺のいないところで、政宗殿と、……そのような話をするのか?」
つい、思わず、聞いてしまった。……だって、悔しいではないか。
自分が一番政宗に近いと思っていたのに、佐助の方が踏み込んだ話をしているなんて。
「何? ヤキモチ? 心配しなくても旦那の大事な人取ったりしませんよ」
へらっと笑って佐助が恥ずかしくなるような言い回しをしてくる。
「な! 大事な人とは……! いや、しかし、大事な人……? になるのか? 俺は、政宗殿がいないのは困るからな……。好敵手がいなくなられては困る!」
これだけ安心しきって、佐助の胸倉を掴んだ手は力一杯だったにも拘わらず、それでも好敵手として大事だと言うこのアンポンタンは……。
佐助はこの鈍くて純朴な幼馴染を少し、ほんの少し、哀れな目で見てしまった。
「あー、やっぱ、俺様伊達ちゃん好きかも? 美人だし、頭いいし、言い方悪いけど、そこらの女の子よりいいかもな~」
この鈍感野郎に気付かせるにはこれしかないと、賭けの一言を佐助は放つ。心の中では思ってもいない一言を。――俺様にだって心を奪われている相手ぐらいいるんですからね、と。
「旦那は伊達ちゃんのライバル。俺様は伊達ちゃんの彼氏。どう? よくない?」
人の悪い笑みをニヤリと口元に浮かべて、佐助は一発殴られるのも覚悟で言い放つ。
その瞬間。
ぶるぶると、肩と言わず握り締めた拳と言わず、全身を震わせた幸村が叫んだ。
「ふ、ふざけるなっ! 政宗殿は誰にも渡さぬ!」
夜風に乗ってどこかの庭先からアオーン! と犬の遠吠えが聞こえる。
「だ、旦那! 近所迷惑だから! 部屋はいろっ!」
慌てて幸村の腕を掴んで佐助はベランダをあとにしたのだった――。
+++ +++ +++
相変わらず空は湿っぽく、今にも泣き出しそうな重い雲が垂れ込めていた。
未だ梅雨は明けやらず。
たまに顔を覗かせる気紛れな太陽は、今年の夏も暑そうだと、簡単に予想出来るような日差しを送りつけてくる。
――もう、六月も半ばに差し掛かっていた。
「Hey! 真田幸村! アンタ最近どうしちまったんだ? 雨続きで元気ねェのかよ?」
教室の自分の席で、ボーっと外を見ていた幸村に政宗が声をかける。途端にびくりと肩を跳ね上げて幸村が視線を寄越す。
「これは、政宗殿……!」
驚いてしまった事にばつの悪そうな顔をしながらも、笑顔で答えてきた幸村に一瞬眉を顰めながら政宗もいつもの調子で話しかける。
「Ah……,アンタ、最近変だな、と思ってよ。その、何だ。……期末分かんねェのか?」
不名誉ではあるだろうが、幸村がおかしげな様子になる原因がこれぐらいしか思い浮かばなかった政宗は、そう言って幸村の席の前の椅子に腰掛ける。
「いえ、あ、いや、期末も不安ではござるが……」
はにかむように言葉を濁す幸村に、訝しげな視線を送って政宗は一つ目を眇めた。
「他に何か気掛かりがあるのか?」
じっと政宗に見つめられて、幸村はふいっと視線を窓の外に流した。
――この目は、拙い。俺はあの日佐助に気付かされて以来、政宗殿の目が……。
幸村の心の葛藤など知らぬ政宗は、黙って窓の外を見遣る幸村にずい、と顔を近付けてなおも問いかける。
「なァってば。アンタ本当に変だぜ? 具合でも悪いんじゃねェのか?」
つい、と政宗の白くて長い指が幸村の丸い額に触れる。ひんやりとした感触に思わずうっとりと目を閉じそうになって、慌ててその手を跳ね除けてしまう。
「……! Sorry. 急に触るとか……、苦手だったか?」
幸村に跳ね除けられてしまった手を所在無さげに握り締めて政宗が席を立つ。
「いや! そうではござらん! その、少し驚いてしまい申して……」
「某、汗もかいておりますし……政宗殿の手が、汚れてしまうと」
慌てて言い繕うも、既に席を立っている政宗は幸村を見下ろして、一瞬柳眉を切なげに歪めて、悪かったなと一言言うと、自分の席に戻ってしまった。
政宗殿! そのようなお顔をされないで下され! 叫び出したい欲求に駆られたが、幸村はまだほんの微かに残る政宗の手の感触が残る額に自分の手を当てて、俯いた。
――俺に何が言えると言うのだ。好敵手であり、同じ男相手に抱かぬ気持ちを抱いてしまった俺に! 情けなくもこの気持ちを抱えて、それでも政宗殿に嫌われたくないと思っている、この浅ましい俺に!
あの梅雨の晴れ間を佐助と二人で星空を眺めた晩。
佐助に近所迷惑だからと部屋に連れ込まれたあと、幸村は激しく動揺していた。
――俺は今何を口走った?
激情のままに、ただならぬ一言を口走ったのではないだろうか?
狼狽えて佐助を見れば、呆れたような表情で自分を見ていた。
「気付いた?」
ニヤニヤと笑いながら一言。そう、たった一言。
佐助に言われ、自覚した途端急激に心臓がどっどっど、と激しく脈打ち、顔に熱が集まる。
「俺様一発貰う覚悟だったんだけどなぁ。旦那の一撃食らうどころか、俺様が一撃入れちゃった気分」
うふふ、と嬉しそうな佐助に口をパクパクとさせるしか出来ない幸村。
「俺は、今、なんと……何を、叫んだ……」
やっとの事で搾り出した声は、自分でも驚く程低く小さく、呟くようだった。
「政宗殿は誰にもやら……っんぐぐ!」
佐助が声真似の体で発した言葉を慌てて口を塞いで黙らせる。
「言うな! それ以上言うな!」
がっちりと酸欠になりそうな程佐助の口を押さえ込み、幸村は言うな言うなと捲し立てる。
むぐむぐと声にならない抗議を上げて佐助がバンバンと幸村の背中を叩いてタップすれば。
「うっへー。降参! 参りました! 真田の旦那の馬鹿力には敵わないわ」
ぜぇはぁと幸村の拘束から逃れた佐助は、息を荒げながら両手を参ったの形に挙げて見せた。
「なぁ旦那。アンタのそれって、どういう意味だ?」
大雑把ではあるが幸村に考えさせるには十分な言葉だった。佐助に言われてこれ以上ないぐらいに意識して、初めて幸村は自分の本当の気持ちに気付いた。
「――佐助。俺は、俺は……、政宗殿と、好敵手以上の、仲になりたい。俺は、政宗殿の事が……好きなのだ。そうなのだな? 佐助。お前は俺にそれを気付かせようと、あのような問答を繰り返したのであろう?」
ぐっと拳を握り締めて正座の形で佐助に向き直ると、真っ直ぐに見据えて幸村は問いかけているような、確信を得たような声色で言葉を紡ぐ。
「政宗殿に恋人がいるかもと言われて、何とも言えない気持ちになった。不安になった。嫌だと思った。政宗殿にはそのようなもの、存在して欲しくないと思った。俺に、俺にだけ、対峙していて欲しいと思った。下らぬ独占欲かも知れないと思いもしたが、――それ以上だ。俺はあの方に俺以外を見て欲しくない。佐助、たとえそれがお前でもだ。お主の話に、俺は間違いなく嫉妬した。俺の知らぬ政宗殿をお主が知っていると思った時、羨ましいと思ったのだ」
そこで一度言葉を切ると、深々と息を吸い込んだ幸村は、ぎらりと目に光を宿してさらに佐助を見据えた。
「お前に、政宗殿が好きだと言われ、俺は政宗殿の好敵手、お前が……その、政宗殿の、か、か、彼氏、とやらだと言われたとき、目の前が真っ暗になった気がした! たとえそれが俺に気付かせるための方便であってもだ! 許せぬ!」
すまん佐助! と幸村が一声張り上げたかと思うと、瞬く間に佐助の腹がくの字に折れる。
「ちょ! 旦那! おえっ……、」
がはがはっと咳き込んで腹を抱えた佐助は涙目になり、咽びながら抗議の声を上げた。
「すまんが先だからって手加減しないのはおかしいでしょ!」
「さっきは貰うつもりでいたけど今は完全に気ぃ抜いてたから効いたし!」
うえ、おえ、と気持ち悪い呻きを上げながらも佐助は毒吐く。
さすがにこれはやりすぎだと思いながら。
「謝ればいいってもんじゃないからね! 俺様のお陰の部分だってあるくせに!」
口元を手で拭いながらも佐助は幸村から目を逸らさない。
「すまぬ。だが、どうしても、許せなかった。俺が至らないばかりに、お主に辛い思いをさせてしまったが……、それでも最後のあの一言はどうしても我慢ならなかった!」
「あー、俺様ってホント、旦那思いの出来た幼馴染だよねぇ。損な役回りばっかりだけど!」
佐助の嫌味も通じない幸村は、それでも不安を拭いきれずに問いかける。
「なあ、先ほどのあれは、本気ではなかろうな?」
「あれって何さ!」
さすがに佐助も腹立たしげに聞き返す。
「政宗殿を、好きだという……あれだ!」
「さぁねぇ? 伊達ちゃんがいい子だってのは本当の事だしぃ?」
殴られた鬱憤を晴らすが如くふふん、と鼻を鳴らす佐助に再び幸村が躙り寄る。
「ちょ、旦那! マジ勘弁! 嘘嘘嘘ですぅ!」
もうあのボディブローに辟易としていた佐助は、すぐに白旗を揚げた。
「大体俺様は三年の片倉サンの方が渋くて好みだし」
ホワホワと夢見るようにそう告げた佐助に、白々とした目を向けた幸村はそんな事はどうでもいいとでも言いたげに、ちょっと人には見せられないような表情をした。
「そんな事は聞いておらん。政宗殿に気があるのかないのかが分かればよい」
ぷいっと横を向いて口元を隠した幸村を見て、佐助はその表情を察して呆れ返る。
あーあ。ニヤけちゃって。これからが大変なのに。
そんな佐助の心中など思いも及ばない幸村は、自覚した初めての恋心に初心な青年らしいときめきを感じていたのだった――。
だが、暫く時が経てば、他の考えも浮かぶ。
先ずすぐに浮かんだのは同性であるという事だった。
政宗は男だし、幸村も男だ。決して同性に興味があったわけではないし、そもそも自分がそう言った意味で人を好きになるなど、考えた事もなかった。しかし、実際には好敵手であり、尊敬もしている相手を、好きになってしまった。それは仮令相手が同性でも、幸村にとっては不自然ではなかったのだが……。
世間の常識から若干逸脱気味の己でも、それが世間的には不自然である事ぐらいは何となく理解はしていた。一般的には認められぬのだろうな、と。
だからこそ、政宗に対してそのような気持ちを抱いてしまった事を悔いる。
政宗に恋をした事に悔いはないが、かの人を困らせるような事はしたくなかった。
このままこの思いを閉じ込めて、今まで通りに好敵手として、政宗に認められたライバルとして、近くにあればよいと思っていた。――いや、そうしなければならないのだと、思い至ったと言う方が正しいかもしれない。
だがしかし。自覚して初めて気が付いた事があった。自分はこんなにも政宗を追いかけていたのかと。これが恋なのだと気付いたあの晩から暫くの間は、寧ろこれが恋なのか? と疑問に思う程普段通りにしていられた。けれど、それが。
それが、既に恋に落ちていた状態だったのだ。
自分としては普段通りであった筈の事だが、自分で自分の状態を自覚してみれば――。
政宗を見かければ思わず駆け寄り声をかけ、授業中なども政宗に視線が行くし、誰か他のクラスの人間などが政宗を訪えば、気になってしまう。
醜悪な事に、やたらと馴れ馴れしい政宗とは反対側に眼帯をした大男や、頬染めて政宗を呼び出す女子など来ると、思わず、どなたでござろうか? などと、政宗に聞いてしまう有様だった。
彼が当てられて教科書を読めば聞き入り、相変わらず何かと勝負を挑んでしまいたくなる。
さらに重症な事に、佐助曰くはそれが日常茶飯事であって、今に始まった事ではなかったらしいという事だった。
俺は、なんと……!
自分の鈍感さ加減に呆れると共に、これでは、この気持ちに蓋をして今まで通り、などと言っていられないと気付く。普段通りが既に政宗を思ってしまっていたのだから。
彼を困らせないようにしたいと言う思いとは裏腹に、自分自身は自覚がない頃から既に政宗に恋うていたのだ。
――それからだ。このままでは余計にこの気持ちが走り出してしまうと気付いて、距離を置くようになったのは。
そして、現在に至る。
政宗に心配してもらえた喜びと、これでは良くないと言う思いが己の内側で鬩ぎ合う。
……もう、どうしたらいいのか、分からぬ……。
恋とは、こんなにも苦しくて辛いものなのだろうか――。
あの晩、初めて己の気持ちに気付き、驚きこそすれ、それでも自分がなぜこんなにも政宗に執着していたのかが分かり、晴れやかで前向きで、かの人を思い起こして甘やかな気持ちになって……。
佐助に呆れられるような表情を晒したというのに。
――幸村は自分の気持ちを手に余らせていた。
「政宗殿……」
万感の思いを込めて、密やかに思い人の名を口吟む。
その声が息苦しくなる程の吐息を混ぜて己が呼んだ名前の持ち主に届いているなどと思いもせずに――。
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