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二人で一つのおはなし

二人で一つのおはなし
二人で一つのおはなし
再録集です。
今まで書いてきた短編や掌編をまとめました。
全年齢向けです。
完成版はDL販売になりますので、イベントで頒布する本は完成版から数話抜き出したものになります。ご了承下さい。
色んな時代設定で、紅い子と蒼い子がイチャイチャチュッチュしてます。
サブCPとしてお取扱中の右目と忍も何気にイチャコラと。
忍攻め、右目受けが苦手な方はご注意下さい。
完成版は総ページ数130,文庫サイズになります。
こちらこちらでDL通販しています。


以下本文抜粋

現代編より

Kisses
*Side S


 真っ青な空に照りつける太陽。長く長く延びてゆく飛行機雲。
 あの人はこの空のような方だな。
 青く青くどこまでも澄んで透明で。
 ぼんやりと空を眺めながら真田幸村は笑った。
 自分がどれほどあの人に心奪われているのか、と。

 今は夏休みで、今日はその夏休みに遊ばせまいとするかのように大量に出された宿題をやろう、と誘われて図書館に来ていた。
 茹だるような暑さにやる気など起きるわけもなく、それでも自分と違い学業優秀なあの人は、アンタ一人じゃ片付かないだろ、と言ってくれたのだ。
 待ち合わせに選んだのは郊外にある図書館。
 涼しいしちったァマシだろ、とあの人が指定してきた。
 幸村は宿題をやると言う事よりも、夏休みにあの人と何かが出来る、と言う事に心が踊り、一も二もなく承知仕ったと返事して、今日のこの日を未だか未だかと楽しみにしていたのだ。
 まるで遠足前の小学生のようだ、と自分がおかしくなる。
 そして、今日はその日であり、余りの嬉しさに待ち合わせの時間よりも大分早く到着してしまっていたのだった。
 四月に高校に入学して、体育館でぼんやりと校長に始まり来賓代表、PTA代表、市議会代表、と聞いていてもよく分からない話を延々と聞き続けていた幸村は、では、次は生徒会より、とアナウンスが入った瞬間ガタン、と立ち上がりかけて、あ、と気付き、何とか浮きそうになった腰をパイプ椅子に貼り付けたのだ。
 あの一瞬に全てが奪われた。
 壇上に上がった涼やかな人は低く掠れた、けれど良く通る声で、Are you ready? と声を張り上げたのだ。
 ぽかんとする新入生が殆どだったが一部からはYeah! とそれに呼応するような声が上がり、筆頭だ、筆頭、と幸村が始めて聞く言葉がその一部の新入生の間にさざめいたのだ。
 幸村は余りの出来事に再びぽかんとしたが、それでも目は壇上の人から離れず、耳はその声を追いかけ、体は熱くなり、心臓がどきどきと無性に早く打ちつけていたのを覚えている。
 そしてその人は二年生になったばかりだと言うのに全校生徒を纏め上げる生徒会長だと言う事を知り、名前は伊達政宗だと言う事を知ったのだ。
 筆頭、と言われていたのはその立場を表すらしく、彼の呼びかけに呼応した一部の新入生たちは政宗が卒業した中学の後輩たちらしかった。
 とにかくその衝撃的な出会いを経て、幸村は何とか生徒会に潜り込み、彼の側近くに接近する事に成功したのだ。
 日々生徒会の集まりや行事で彼の人となりを見ていけば見ていくほど、幸村の心は奪われ、彼の立ち居振る舞いや言葉に揺れ、知れば知るほど、自分はこの人のことが好きなのだ、とあの日入学式で見た一瞬で、恋に落ちていたのだ、と確信していくばかりで、とうとう春にあった体育祭の打ち上げで自分の思いを告げたのだ。
 あなたの事が好きです、と。
 政宗はアンタ面白いよな、と笑っていて、あの一つ目をからかうように細め、OK. 試しに付き合ってみるかと返事をくれたのだ。
 その気安い返事は確かに幸村に一瞬の幸せを齎したが、まさにその返事はそのままその通りで、本当にお試しだったのだ。
 彼は放課後は生徒会の仕事があるし、幸村も生徒会なのでその場に顔を出してその時は会えるものの、昼休みに一緒に弁当を食べる、とか、帰りは一緒に帰って人の少ない公園で語り合うとか、学校が休みの日にはたまには一緒に出かけるとか、幸村が思い描いていたようなそういう甘い恋人同士のような事は一切なく、学校で会えば、よう、真田幸村、と今まで通りで、片手を挙げてはくれるものの、あ、政宗殿、と幸村がもじもじしている間にスタスタと通り過ぎ、一年生と言う学校一立場の低いものでは立ち入りもできない二年生の棟へ歩いていってしまう始末で、幸村は何度も臍を噛んだのだ。
 これでは、付き合っているどころか、恋人同士とも言えず、ただの先輩後輩であり、自分は歯牙にもかけてもらっていないではないか、と。
 一応生徒会同士と言う事もあり、お互いの携帯の番号やメールアドレスは交換してあるものの、世間で聞くようなおやすみのメールとか、おはようのモーニングコールとか言うそれはどこの国の夢物語なのか、と言うような事も一切起こり得ず、一体政宗はどういう気持ちであの返事をしたのか、と些か疑問に感じてはいたのだが、それでも、心底愛しいと思っている自分の気持ちにも抗えず、たとえお試しであれ、彼の恋人と言う立場を放棄する気にもなれず、ずるずると夏休みまで過ごしてきたのだ。
 諦めの悪さだとか真っ直ぐに一つの事に邁進する気概だとかには自信のある幸村だったが、それでも、彼の態度にはその強靭な心も折れそうで。
 もう、この恋は諦めるべきなのか、と一人寂しく過ごしていたところに、突然政宗からメールが入ったのだ。
 アンタ、宿題やったか? と。
 そのメールに天にも昇る気持ちで返信して、そして、やっと、今日と言う日が来たのだ。
 あの政宗が何を思ってそのようなメールを寄越したのかは分からないが、とにかく彼と一緒に何かが出来る、校外で、しかも夏休みに。
 只々それだけが嬉しくて、幸村は昼過ぎに、と言う指定だったにも関わらず、昼前からここにいるのだ。郊外にある図書館の中庭。美しく整えられた芝生の上に。




*Side D


 桜もそろそろ終わるかと言う頃に政宗は自分が通う高校の入学式に出ていた。
 生徒代表で挨拶するためだ。
 政宗はこの高校の生徒会長で、在校生は明日が始業式で今日は来なくていいわけだが、在校生代表として挨拶するため、一人登校していた。
 長々とした大人たちの挨拶をじっと座って聞くともなしに聞いていた政宗は、次は生徒会より、とアナウンスが入って、やっと俺の番かよ、と溜息をつきつつ、壇上に上がった。そして、マイクに向かって顔を上げた瞬間、ガタン、と音がした。
 新入生が居並ぶ真正面に一つ目を凝らせば、約一名大きな目をした明るい髪の色の男子生徒が政宗を凝視して気まずそうに座りなおしていた。
 なんだありゃ、とさして気にもせずに、いつも通りに挨拶を始めたのだ。
 Are you ready? と。
 そして、目論んだ通り、自分の出身中学から政宗を慕って入学してきた連中から威勢の良い返事か返ってくる。
 それに気をよくして政宗は司会進行役の教師にごほんごほんと咳払いされるまで気持ちよく新入生たちに祝辞を述べたのだ。

 新学期に入って初めての、生徒会の顔合わせの場で、一年から入ってきた人物の顔を見て政宗は口笛を鳴らした。
 アイツ、入学式で目立ってたヤツじゃねェか、と。
 入学式では意識もせず、そもそも壇上の政宗からは顔も見えないような状態で、目がでけェなとか、あれは天然色か? と疑問に思った髪の毛の色が少し分かった程度だったが、生徒会室で顔を見ればはっきりと分かるのは当然で、へぇ随分なBaby Faceじゃねェかと思い、こりゃ女子が騒ぐかもな、まァ、俺の方が上だけど、と政宗は心の中で呟いた。
 そんな風に眺めていると、某は真田幸村と申します、と顔に似合わぬ大声で自己紹介を始め、政宗は思わず耳を塞いだ。
 Shut up! と一喝し、アンタもうちっと声小さくできねェのか、と言えば、申し訳ござらん、と素直に謝ってきたその一年生に、Oh,コイツは、と好感を持ったのだ。
 喋り方はちょっとおかしいけれど、性格は悪くねェな、と日々生徒会の集まりや行事で顔を合わすたびに好感度は上がり、気がつけば彼はその年の一年の中ではかなり有名人で、スポーツの特待生だとか、すでに黄色い悲鳴を上げて追っかけまがいの事をしている女子生徒のグループがあるだとか、無駄に彼の情報を得てしまっていた。
 こんなにアイツの事が気になるってなんだ、おかしいな、と自分で思ってはいても、その一年生が政宗殿、政宗殿、と伊達先輩から呼び方を変えてきても不快には思わず、それを許し、周りの生徒会役員からも驚かれたりしたが、政宗はそれを気にも留めずにいたし、その一年生もよく懐いていて、可愛いじゃねェかと思っていたのだ。
 真田幸村と呼べば、嬉しそうにはい、と返事してきて、後ろに長く伸ばされた尻尾のような毛を揺らして近寄ってきて、どんな雑用でも言えば嫌がらず承知仕りました、とこなしてくれる。
 そんな彼を政宗は大層気に入っていたが、元来政宗は自分の感情をあまり表に出さないタイプだったし、またそれをCoolじゃねェと思っていたりして、表面上は至って普通に、寧ろ冷たいぐらいの態度でいた。
 それなのに――。
 春にあった体育祭の打ち上げで、真田幸村が言ったのだ。
 あなたの事が好きです、と。
 政宗は幸村のことが気に入っていたし、普段のやり取りなどもそれなりに楽しめていたのもあり、OK.と気軽に返事した。
 だが、それが間違いであったのに気付いたのは大分経ってからで。
 自分が幸村の恋人なのだと意識してしまうと、顔が急に熱くなったりちょっとやそっとの事では滅多に動じない心臓がどきどきと忙しなくなったりして、普段の自分とは遠くかけ離れてしまうと、気付いてからだった。
 だから、それに気付いてからはそんな自分がCoolじゃない気がして、しかも幸村の顔を見ると何やら困るような嬉しいような、今までに味わった事のない気分になったりするので、至って普通に、いつも通りに、接するように心がけていたのだ。
 時々幸村が何か言いたそうにしたり、あの大きな目を悲しそうにしてじっと見つめてきたりもされたが、それに対して自分がどうする事も出来ない上に、そこで何かしてしまえば、何かとんでもない事になりそうで、あえて政宗は自分のその動揺する気持ちから目を逸らしていたのだ。

 そして、そのまま夏休みに突入してしまった。
 家で一人これでもかと出された宿題を片付けていても、筆頭、筆頭、と慕ってくる連中と遊びに出かけても、頭の片隅には常に幸村のことがあり、アイツは今頃どうしてるいんだとか、何しているんだとか、やけに気になる。
 あんなに切なげに自分を見てきて、政宗が通りすがりによう、と声をかければ真っ赤になって、あの、政宗殿、ともじもじしていた幸村に、一緒に昼飯食うかとか、生徒会が終わったあとには一緒に帰るかとか、そういった事もしてやらなかったくせに。
 それがいざ、長期休暇に入ってあの愛くるしくも暑苦しい存在に会わなくなると、気になってしまって、あと少しで終わる宿題が次第に手につかなくなってくる。
 とてもじゃないが自分らしくないと思うものの、これでは自分も困ると思い、交換だけしてあった幸村のメールアドレスを住所録から初めて拾い上げる。
 確か勉強はそんなに得意じゃないとか、言ってたような、と思いながら慣れた手つきで文字を打ち込む。
 アンタ宿題終わったか、と。
 大分時間が経ってからまだです、と返事が来て、政宗はすぐに返信した。
 そうするとまた大分時間が経ってから返信が来て、誤字脱字だらけなのに気付き、コイツMail苦手なのかと思い、何やら掴み難いが優しい気持ちが涌いてしまう。
 Shit! と内心で舌打ちして、アンタMail苦手なのかと返信すれば、けいたいつかいなれておらず、と自分が返信するのに手間取って時間がかかるのに申し訳ないと思ったらしいのか、全てひらがなの返信がすぐに来て、再びくすぐったいような、優しげな気持ちになってしまう。
 そんな事をやり取りして、図書館で宿題済まそうぜ、と締め括り当日を迎えたのだ。
 あれから、約束した日を指折り数える自分に気付き、政宗は狼狽えた。
 俺は、もしかして、真田の事が、……好きなのか、と。
 愛くるしい大きな目、素直な性格、何度も、もっとToneを落とせと注意しても直らない大声、政宗の顔を見るたびに優しげに笑う顔。初めてやり取りしたMailで垣間見せた誠実さ。
 思い出して頬にかぁ、と血が集まるのを感じる。
 こんなに絆されていたなんてと、お試しで付き合ってみるかと、気軽に考えていたのに、と思ってみてももう遅く、政宗はどきどきと煩く鳴り続ける心臓に困惑しながらも、幸村が自分に恋してくれてよかったとも、思うのだった。


 好きだと気付いてしまえば、幸村に会いたい、もっと話してみたい、あの目で見て欲しい、あの声が聞きたい、今までのように素っ気ない先輩と後輩としてでなく、気持ちの通い合った恋人同士としてどんな風に自分に接するのか、気になって仕方なくなる。
 自分で決めたにも関わらず、約束した日が待ち遠しくて仕方ない政宗は、その日を待つ間、学校で垣間見てきた幸村を思い出しては一人頬染め、どうしよう、こんなに気になるなんて、俺ってアイツの事こんなに好きだったのか、どうしよう、どうしよう、とすっかり恋するもののそれへと変わってしまっていた。
 アイツに、なんて言おう。
 今まで素っ気なくしてて悪かったな、と謝ろうか。
 俺もアンタの事好きだぜ、と自分の気持ちを言おうか。
 それとも、アイツはこんな風に自分の気持ちに気付くのが遅い上に、今まで素っ気なかった俺の事なんてもう……、と普段の政宗からは考えられないような弱気な気持ちまで湧き起こる。
 それでも、アイツは俺に好きだと言ったんだ、と何とか自分を奮い立たせて、そして、恋するもののそれを、本来の自分の強気に混ぜて、政宗は待ち合わせ場所へ向かったのだった――。








*Side S&D


 恋する二人は真夏の空の下、お互いに思いを馳せて――。


 青に吸い込まれる飛行機雲を見ながら幸村はぼんやりしていた。
 まだでござろうか、早く会いたいのに、と幸村の心は甘く切なく逸る。

 そうして暫くぼうっとしていれば、不意に幸村の目の前が暗くなる。
 目の前が暗くなると言うよりも、目隠しされたようで。
 真夏の炎天下の中ぼうっと座り込んで顔が火照っていた幸村には気持ち良いぐらいのひんやりとした感触。
 初めて感じるが、これは、と思う。
 なんて可愛らしい事をしなさるのか、と。

「政宗殿」

 笑いを含んだ声音で自分の目を覆ったと思われる相手の名前を言えば。
 頭上からShit! と一言。
 振り仰げば暑さでなのか、恥ずかしさでなのか、頬をほんのりと赤らめた愛しい彼がいた。
 よう、といつも通りに挨拶してきた政宗が隣に座る。
 たったこれだけの事が、凄く嬉しい。
 幸村の心臓はどきどきと忙しなくなり、太陽に温められていた体がさらに熱くなる。
 この人の可愛さに、俺は逆上せ上がりそうだ、と思いながら夏休み中、何してたんだとか、どこそこへ行ったとか、そういう当たり障りのない会話を楽しむ。
 話せるというだけで嬉しいと感じているのは、幸村なのか政宗なのか――。

 ……実は幸村はこの日に、と思って心に決めてきた事があった。
 今、この柔らかい時間にならば、と思ってそれを決行する。
「あなたが好きです」
 体育祭の打ち上げで言った一言を、今再び。
 ゆっくりゆっくりと、政宗が振り向く。
「あ、俺も……」
 あの日とは違う一言が小さく小さく風に乗った。
 夏の乾いた風に政宗の黒髪が流れる。
 ふわりと浮いた髪の隙間から見える耳は赤く赤く染まっていて、政宗の心の色を表すようで。
 同じように頬を耳を染め上げた幸村は、愛しい人の顔が滲む視界で、それでも、会心の笑顔を見せた。
「よかった」
 幸村と政宗、二人で同じ言葉を紡ぐ。
 顔を見合わせて笑いあう。
 この人が俺を好きになってくれてよかった。
 コイツが今も俺を好きでいてくれてよかった。
 二人の本音が一つになったのだ。
「政宗殿」
 幸村が少し動いて政宗の座っている方へ肩を寄せる。
 暑いのに嫌がられるだろうかと思うが、政宗が嫌がる素振りはなく、安心する。

 ――誰もいない図書館の中庭で、政宗の頭が幸村の少し傾いた肩に乗る。
 ああ、なんで、もっと早く気付かなかったんだろう。
 こんなにコイツの事が好きな事を。
 好きな横顔を見遣って薄く笑う。
「なァ、俺、アンタの事、ちゃんと好きだぜ」
 初めて告げるその言葉に、言った本人が恥ずかしくて、思わず顔を伏せるが、隣の肩がぴくりと動いて、ぎゅ、と囲まれる。
 政宗の背中を後ろから囲むようにして幸村が座りなおし、二人で空を見上げる。
「某も。政宗殿を初めて見た時から、ずっと、お慕いしております」
 何度も何度も政宗の旋毛に幸村の唇が落ちる。
 告白してから随分不安になったり悲しくなったりしたのが嘘のように、幸村の心は凪いでいた。。
 幸村に後ろから抱き締められて空を眺める格好の政宗も、穏やかな風に心を和ませていた。
 幸村の顔が政宗の真横に来て、政宗もそちらに顔を向ける。
 瞼に、頬に、見つめ合うよりもキスをしていたい、と思った。
 何度も何度も見つめてきたのだ。
 この愛しい人に、いつも不意打ちの優しさをくれる人に、思いの丈を込めて、唇を落としていく。
 擽ったそうににしながらも、政宗も頬染めてその口付けを受け入れる。
 あんなに素っ気なくしていたのに、こんなにも甘く、切なく、口付けてくる幸村に、自分も、と自然に思えた。
「I wanna kiss you.」

 ――大好きな横顔に唇を。
 
 まさむねどの、と舌足らずな声がして、あ、あの、と声を震わせる幸村が、酷く、愛しいと思った。
 コイツとなら色んな事をしてみたいと思う。
 迷わないで欲しいとも思う。

 大好きでござると聞こえて、me too. と答えた。
 二人の夏休みはこれから始まるのだ。
 けれども、まずは。
 まずは――、そう、深呼吸して。
 思いが通じ合った二人を真夏のルビーのような太陽が、吸い込まれそうな青を背に照らす。

 ……暑いし、宿題やらなきゃだし、早くクーラーの効いている図書館に入った方がいいけれど、それでも、まずは。


 幸村の夏の風に揺れるシャツが眩しくて、政宗は目を閉じた。




――Please kiss me, Darling.


戦国編より

It is the language of love at 140 words.



 毎度の如くの手合わせに突然落ちる大粒の水。shitと舌打ち一つ。興醒めだと木陰に腰を下ろし兜を取れば、隣に紅い装束が座り込む。雨に濡れ、そんな薄着で寒かろうと思うのとほぼ同時にくしゃみの音。出先を思えば笑えない。「温めて差し上げましょうか」その勝ち誇ったような顔がもっと笑えない。



 あのな、と突然力加減もなく薄い皮膚を引っ張られて顔を顰める。囁くように低く響くその声音が耳を擽って、引っ張られた痛みも忘れて聞き入った。随分大仰に引っ張った割にはその内容は他愛のない事で、それをまた嬉しそうに話す様が可愛らしくて、愛しさに顰めた眉が情けないほど下がるのを感じた。



 てめえ、と我ながら情けない大声で駆け込めば紙に香なぞ焚き染めている最中で、かっと頬が熱くなる。いつだって無作法な程無造作な文しか寄越さない癖に。定期的にあったものがなくなりもしやの思いで先触れもなく踏み込めば案の定。下がった肩越しに覗けば己の名。てめえ、と再び情けない声が出た。



 暑くないか。未だこの辺は涼しくても良いぐらいだろう、と思って政宗は眉を顰める。ああ、そうか。暇さえあればこの地へ訪い好きだ好きだ愛してる、と馬鹿の一つ覚えのように告げてくるこの男のせいだろうかと。この地が暑いのじゃなくてこの男が暑いから。暑苦しい腕の中で政宗は二度寝を決め込んだ。



 なァあの陣羽織もう着ねえの?そう聞けば。政宗殿こそあの首の飾り物は如何致した、と返事があり。「No.あれはここ一番の時だけだ」真田があれを随分気に入っているのを知っていて。「なれば某もここ一番の時だけに致したく」俺があの羽織姿を好きなのを知っていて。二人もぞもぞと閨で身に付けた。

 長雨の季節になり申したな、とずぶ濡れで立つ紅がこの薄暗い景色の中で一際鮮やかで。ああ、俺の目指すものはこれなのだ。雨に烟る景色の中に沈んでしまいそうな蒼を濡れ戯らせたまま強く思う。ぎらりと光るお互いの得物の輝きも今は鈍くて。「寒ィ」一言告げれば槍の穂先が泥濘む地面に突き刺さった。



「お慕いしておりまする」幾度目か分からないけれどそう告げれば。「I know」Ha!と軽く笑われて。「貴殿の剣の腕も、髪も瞳も、色の白いところもその気の強さも、全て好きなのだ」分かっていないようで不安になって言い募る。再びHa!と笑って目を閉じたその唇に、幸村はそっと唇を寄せた。



 軒先に滴り落ちる雨に寒い寒いとあなたが言うので。ぎゅっと後ろから抱き締めた。びくりと揺れた肩の力が抜けると自分もほっとして。こうすれば温かいでござろう、と酷く安堵した声が出た。くくく、と腕の中の肩が今度は楽しげに揺れて。あなたがいれば梅雨も悪くはござらんな、と雨音に混ぜて消した。


 わさっと抱えて来たのは珍しく白い紫陽花。どうしたんだそれ、と問えば。来る途中道すがらに見つけた次第で、と濡れた景色に不釣合な程の笑顔。アンタでもそんなモン興味湧くんだな、と笑えば。「この白の際立って薄く淡く青の差した様子が」ぶわと抱えた花ごと抱き締められて。「あなたのようで」



 視線を感じてそちらを見遣った政宗の視界に飛び込んだのは、室の中に一つ淡く光るもの。「何だ俺の事見てたんじゃなかったのか」薄く光る羽虫はうろうろとさ迷いそれを追いかける視線もさ迷う。「余りにも美しくて目を奪われ申した」蛍火に照らされたその頬の赤さに。存外、的外れでもなかったらしい。





―了―
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